大切なことは、誰にとっても、いつの時代も、大切に違いない。皆が、そう思っている、と思うのだが、そうでもないことが、時に、起きる。この季節だから、という訳でもないが、大衆媒体は、専ら、核兵器のことで、持ちきりとなる。確かに、大切なことなのだ。
近年では、だからこそ、平和賞が、と持ち出す。これも、確かに、人類にとり、大切なことだから、という理由で。だが、この時期に、この手の話が、取り沙汰され、人類皆にとり、大切なこと、と連呼される度に、首を傾げるのは、ある世代に、限られたことか。半世紀以上前に、反対運動が、盛んだった頃、理解できぬ内容が、報道されていた。反対運動は、二つの勢力に分かれ、互いに、歩み寄ることなく、時に、啀み合って、非難の応酬か、と思われた。大切なこと、に変わりないのに、何故、互いの主張が、ずれてくるのか、また、政治との関わりが、深まる程に、溝が深まる様子に、子供心に、何故という文字が、刻み込まれた。その歴史に関して、改めて、検索したら、こんな文章が、表示された。今の、輝かしい活動に、暗い影を落とす、そんな印象しか、与えぬものかも、だが、人間の性なのか、あるいは、権力欲求の、成れの果てなのか、そんな姿が、見え隠れする。こんな話を、紹介すると、すぐに、今は違う、との声が飛び、そんな下らない話に、触れる必要は無い、と言われるだろうが、ここにも、人間の性質が、現れており、何事にも、啀み合いが、伴うことに、気をつけるべき、と思えるのだ。実は、多くのこと、というより、ほぼ全てに、こういうことが、反映されており、皆が、大切な主張を、掲げる中で、利害関係が、強い影響を、及ぼしていることに、気付くべきだろう。正論が、嫌われるのも、そういった利害と、馴染まぬからで、決断が、及ぼす影響や、それによって、得られる利益や、被る害こそが、大切との見方も、あるのだろう。だが、こういう背景に、目を向けずに、何事も、鵜呑みにする人は、煮湯を飲まされる。利害を追う人々は、思い通りにならぬと、さっと身を躱し、そ知らぬ顔で、眺める側に、回るのだ。損得で、測るものではないが、利害に拘る、人間を相手にすると、注意を要する。
市場が、高騰を続ける中、一向に上がらぬ、保有株に、不満を、抱いた人も、居るだろう。その後、暴君の、不規則発言が、原因かは、知る由もないが、乱高下が、続いた時には、平均株価とは、全く違う動きを、保有株は、見せたのでは、ないだろうか。となれば、
平均の活況は、その意味では、一部の銘柄に、限られたもので、市場全体、とは言えぬ、状況だったのかも知れぬ。確かに、先進国は、生成人工知能で、持ちきりの状態で、それに関連した、製品や事業に、関するものに、注目が集まる。だが、そんな情勢では、大丈夫なのか、との思いが、過ぎるのでは。確かに、そんな懸念も、あるのだろうが、とは言え、注目が、集まってなくても、十分に、上昇基調にあり、やはり、資産としては、増えている、という人が、多いのではないか。長く続いた、不況の後に、今の活況が、始まったのだが、その一方で、紛争地域の、不安定が続き、果たして、この状況が、長続きするかは、不確かなままだし、いつ、崩れるかも、分からぬままだ。だとしたら、今、どう動けばいいのか。証券サイトとして、考えるべきことは、あまり無いようだが、まずは、長期保有を、基本として、見守るのが、一番楽だろう。その中で、もう少し、別の方法は、と問われたら、そろそろ、長期金利も、上がり始めたから、今更の如く、国債に、注ぎ込むのが、次に来る、投資先かも知れぬ。とは言え、一攫千金を、狙う人には、不向きな運用手法、であることには、違いない。これ程の、乱高下が、続くのなら、やはり、日々の株取引を、繰り返した方が、と思う人は、損失を覚悟しつつ、やってみれば、と思う。資産運用が、本当に必要か、という点には、サイトの都合上、触れずにおくが、今のまま、物価上昇が続くと、年金生活者は、支給額が、増えてくれないと、と思うだろう。その点については、政府任せで、何ともならぬから、やはり、地道な形の、運用を心掛け、少しでも、増えれば、と願うのみだ。それは、株価だけに限らず、配当も含めて、の意味で。
誰もが、できれば、払いたくない、との思いだろう。だから、減らす、と言われたら、喜ぶのは、当然のことだ。ただ、減らして、悪いことが、起きるのでは、との懸念があるのも、当然のことだ。もし、必要ないなら、世界中で、国が、そんなものを、民衆から、毟り取ることなど、無い筈だ。
だから、という意味で、減税は、票を集める道具、として使われてきた。だから、という意味で、反対する勢力は、減らした分を、何処から賄うのか、所謂、財源の提示、を求めるのが、常となってきた。ただ、納税者として、気になるのは、その額の多寡だけでなく、用途だろう。その意味で、今回、話題となる、消費税については、導入時からして、説明不足が続き、今も、納得できぬ、と思う人が多い。その中で、一部の物品とは言え、税を徴収せず、との約束が、掲げられたのには、歓迎の声の一方、猛反対が起きた。特に、その税収が、老後の頼りである、年金の財源、となると信じ込まされ、微々たるもの、と雖も、無くされては、大ごとだと、思う人には、その分を、何処から賄うのか、となるのも、当然だったろう。減らせば、その分を、何処かから、持ってこなければ、との話は、その通りなのだが、税収全体として、考えていない風は、どうしたものか、と思えてくる。この所、物価高騰で、生活が苦しくなるばかり、との訴えが、激しくなるばかりだが、それに沿って、給与が、上がり続けることには、あまり目が向かないらしい。身勝手な考え方、でしかないが、こういう所にも、目を配るのが、大衆媒体の、責務ではないか。もし、同じ所得税率であれば、収入が増えれば、納税額も、自ずと増える。その中で、今回の、減税騒ぎが、起きているが、ここ数年、税収が、増え続けるのを、知らぬ筈はない。だったら、その増えた分で、賄ったらどうか、と言い出せば、それは、別の話、と返ってくるだろう。だが、これまでの流れからも、それが、妥当な考えであることは、明らかなのだ。確かに、物価が抑えられる中、給与が上がらず、生活が、徐々に苦しくなっていた時には、別の財源を、求める必要があり、消費税率が、徐々に上げられた。だが、ここ数年の状況は、全く違っており、それに見合う使い方を、考える必要もある。馬鹿の一つ覚えを、連呼するのは、そろそろ止めにして、税収の見込みでも、計算してはどうか。
今回の騒ぎは、前回とは、違うものだったらしい。昨日の独り言を、書き上げて、掲げた途端に、接続は収まり、何事も無いかの如く、の状態となった。日が変わり、点検にでも、訪れているのか、数回の接続が、残されたが、それだけとなった。何の目的で、何が達成で来たのか。
とは言え、怪しげな行動、であることには、変わりがない。同じ業者を、介した接続でも、国も地域も、次々と変え、何度も接続するのは、管理する側から見れば、不気味な存在、でしかないからだ。別に、みんなの掲示板や、チャットに、書き込んで欲しい、と思う訳ではない。足跡を、残すことを、嫌うからこそ、接続経路を、次々と、変えたのだろうし、正体を、見破られぬよう、細心の注意を、払った上での、ことだろうから。だが、匿名性が、高まる程、相手をする、人間には、不気味な存在、としか映らなくなる。だから、敢えて、書いてみたのだが、その途端に、反応が起きたのは、中身を、読んだからなのか、はたまた、単なる偶然、にしか過ぎないのか、それさえも、定かにはならず、不完全燃焼なのか、消化不良なのか、そんな心持ちに、ならざるを得ない。今の、情報社会の、典型なのかもだが、こんなことを、書き連ねることで、相手に、何かが伝われば、などという思惑が、無い訳ではない。どうだろうか。こんなものばかりが、情報社会では、巷に溢れ、皆が、ビクビクしながら、過ごさねばならぬ、というのか。こちらとしては、実害さえなければ、このまま、毎日、独り言を、書き綴るだけのことだ。迷惑千万、となるのならば、掲示板でも、チャットでも、はたまたメールでも、書いてくれればいい。この独り言も、匿名での書き込みで、偉そうなことは、言えないのだが、一方的に、知っている、という状況は、有り難くない。何かあれば、書いて欲しい。
夜半過ぎから、接続が続く。今回は、前回のような、連続的な接続、ではなく、時間を空けて、接続が、繰り返される。もう一つの違いは、経由する、接続業者が、前回とは違い、時差で見れば、丁度反対側の、国々からのもの、となっている。にしても、迷惑千万だ。
おそらく、6時間程で、30を超える程度だから、平均すれば、10分程度の間隔で、接続してくる。それも、業者としては、同じなのだが、国が異なり、その中でも、地域が違う場合も、ある。何が面白くて、こんなことを、繰り返すのか、こちらには、理解する術も無い、のだが、彼方は彼方で、何かしらの、意図があるのかも知れぬ。何れにしても、できることは、全く無いから、飽きて去る、といういつもの形に、なるのを待つのみだ。普段、静かな所だけに、こういう騒動は、単なる迷惑、としかならない。多分、ある意味の、愉快犯なのだろうが、何が愉しくて、こんなことを、繰り返すのか、理解できる筈がない。まだ、直接的な、被害が出ておらず、サーバーの管理者にも、何も伝えないが、もし、もっと激しくなったら、接続拒否の、手立てを、講じる必要が出る。と言っても、今までの、記録を見る限り、通常の、拒否の仕方では、全てを、排除することは、不可能だろう。前回も、少し調べてみたが、一般的な、拒絶命令文を、設定するしか、方法はない。だとしたら、毎回、異なる所から、接続を繰り返す、このような行為を、管理者が、妨げることは、殆ど不可能だ。まあ、実害がないから、今のうちは、傍観を、続けるのみだが、もし、害が及べば、何かしらの措置を、下さねば、ならなくなる。他の利用者に、迷惑がかかることは、避けねばならぬから、現時点では、鼬ごっこと承知の上で、拒絶命令文を、書き込むしか、方法がない。これはこれで、面倒でしかなく、できれば、避けたいものだ。一日二日で、飽きてくれたら、と願うばかりだが、どうなることやら。
大災害の度に、被災者の状況を、伝えることは、報道の重要な責務だ。が、内容については、いくらなんでも、と思うことが、一杯ある。特に、脚色を、効果を上げるのに、必須である、と考える、責任者は、驚くべき、捏造さえ、不可欠とばかり、連呼する。いやはや。
先日、気になったことは、口中の問題で、それに必要な、日用品を、自宅に置いたまま、との窮状(?)を、訴える人が、との話だったが、はて、と固まったまま、忘れようとした。寄り添う、の意味を、取り違えたまま、言われたことを、そのままに伝える、のが報道の責務、である筈がない、のだが、今の時代、こんなことは、山のようにある。現場の、被災者達が、冷静さを失い、慌てふためくのは、よくあることだが、そこを訪ねた、報道関係者が、一緒になって、騒ぎ立てては、物事を、円滑に進めるのに、妨げとなる。大人の病気、として、中年に達した位から、盛んに、喧しく、厳しく、戒められた病気は、今は、生活習慣病、と呼ばれる。習慣から来るもの、という意味だろうが、その中にある、高血圧は、この国では、特に注意を要する、として、盛んに取り上げられる。今回も、その一環なのか、と思えるのだが、被災地で、配給される食事に、即席麺があり、その塩分量が、高いことから、不向きとの指摘を、盛んに取り上げていた。だが、習慣から来るものと、避難中の一時的な食事と、どの観点から、一緒くたにするのか。確かに、塩分量が、重要な要因と、何かにつけて、習ってきたが、それは、総じて考えることと、長期摂取の問題として、学んだことだろう。こういう無知を、真実が如くに、報道で扱うのは、彼らの、愚かさの表れだが、それが、誤解を招き、現場の、更なる混乱を、招くことに、何の責任も、感じないのは、愚の骨頂なのだ。直接、聞いた訳ではないが、この繋がりで、おにぎりの具を、食べないように、などと、言い出す始末に、呆れを通り越し、言葉を失った、という話が、囀りにあった。一事が万事は、例の如くだが、学ぶことも、反省も、全て投げ出した輩に、こんな責務を、負わせることは、止めねばならぬ。
物価高の、要因の一つに、為替安がある、と言われる。確かに、輸入品に、溢れる生活を、していれば、こちらの貨幣価値が、下がってくると、そのまま、価格に反映される。それは、破綻寸前の国には、通用する話だが、さて、こちらについては、どうだろうか、と思う。
これと、同じ線上として、給与の話も、度々取り上げられる、こちらは、暴論に過ぎず、貨幣価値では、説明できぬ程の、差ができている。それはそれとして、兎に角、様々な不都合が、あるとの判断から、今回の、協調介入が、行われた、と言われる。それにより、確かに、変化が起きて、先週末は、大きな動きを、見せていた。しかし、市場関係者は、総じて、焼け石に水、と表現し、早晩、元の価値に戻る、と言い続ける。どう動くかは、暫く、様子を見るとして、海の向こうの事情、について、見てみたい。以前から、あちらでは、市場介入は、禁忌とされ、市場の、自由な動きに、任せるべき、と言われてきた。しかし、今回は、例外的、と見たとしても、年初にあった、異様な動きには、介入ではなく、単なる、口先でのもの、との報道が、なされていた。それが、協調しての、となれば、現実の売買に、政府自らが、乗り出したことで、圧力をかけた、には違いない。物価高そのものに、影響を与える、かも知れぬが、実際には、要因の一つ、に過ぎないから、他要因が、解消されぬ限り、勢いは、無くならない、と見るべきだろう。その上、紛争などの不安要素は、依然として、大きく、影を落としており、問題解決には、道半ばどころか、遥か彼方にある、と見るべきかも知れぬ。政治による、問題解決については、介入などの、実弾によるものより、合意や約束などの、口だけのものの方が、効果的と言われ、それが、続けられてきた。だが、最近の情勢は、その難しさが、露呈している、ようにも見える。相手が誰か、も含めて、不確定要素ばかりで、暴君とて、容易なことではない。