パンチの独り言

(2002年9月2日〜9月8日)
(自助、平衡、所伝、旨い臭い、宝探し、微小の利、井戸がない)



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9月8日(日)−井戸がない

 普段はほとんど乗らないが、宴会などで酒を飲んで遅くなったときにタクシーを利用することがある。別に酔っ払いの戯言というわけではないが、乗ると必ず運転手と話をするようにしている。話題は手っ取り早さと相手を選ばないことから、景気の具合から始める。良いという返事は返ってきたことがないが、下手な話をするよりも長続きする場合が多く、他の話題にも転じやすい。
 最近、世間話をする人が少なくなったとよく聞く。ラジオでも触れていたが、職人さんに休憩を入れてもらおうとお茶を出したら、無言でお菓子を食べ、そのまま仕事に戻ったそうだ。よい仕事をする人たちなのだそうだが、お菓子やお茶の味の話さえ出てこないので、お茶を出した方はちょっと拍子抜けしてしまったらしい。そういえば、いろんな所で世間話を聞かなくなったとアンカーも言っていたが、どうも皆そう感じているらしい。職人は無駄口をたたくものではないという話はよく聞くが、口でなく腕で仕事をするのは理解できるとはいえ、仕事と関係のない所でも口をつぐむというのはどうしたものだろうか。最近の人たちはおしゃべりじゃなくなったのかと思えば、同じ世代の人たちとは、まさに他愛のない話をしているのだから、どうもそうではないようだ。よく聞こえてくるのは、そんな話をしても無駄だからとか、相手に合わせて話をするのは面倒だとか、いかにもと思わされる理由なのだが、結局は安心できる囲いの中にいたいということなのかもしれない。こんな風に何にでも目的とか利害を採入れる感覚はちょっとついていけなくて、仲間との会話は何のためとつい聞きたくなる。いずれにしても、世間話の効用はどこにあるのか、最近はよくわからなくなりつつあるのも事実で、うまく説明できないことも多いのかもしれない。簡単に言ってしまえば、何気ない気配り、潤滑油のようなものなのだろう。無くてもエンジンは動くが、すぐに傷んでしまう。仕事そのものにとっては無駄に思えることも、実は無駄にはならない無駄なのだ。無駄口をたたかずに仕事をしろなどと言うのも大切なのだろうが、的外れのへらず口をたたくのも考えものである。

追記:8月21日号でお知らせした御意見掲示板に関して、色々とご意見をいただきありがとうございました。パンチの考えも含めた反応をしておきましたので、何かの機会にご覧ください。また、今後もあの話題に関してご意見をお持ちの方は書き込んでいただけると幸いです。掲示板のアドレスに関しては、当該号を参照ください。

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9月7日(土)−微小の利

 誰でも見たことがあるだろうけれど、チョウやトンボの飛んでいるところ。ただ見ているだけだと、羽ばたいているなとか、滑空しているなとか、そんな感じにしか見えないのだろうが、実際にはかなり複雑なことをしているようだ。
 時々テレビなどで紹介されているが、羽をもった昆虫の動きを高速度撮影したものがある。普通よりも速く回して撮影したフィルムを普通の速さで再生すると、速い動きをゆっくりにして見ることができる。このようにして再生されたチョウの羽ばたきは、あんな乗り物に乗ったら酔ってしまうと思えるほど、上下運動が激しいものだ。羽の根元の強度を考えると大きな乗り物にはとても応用できない。それこそ鳥人間コンテストで離陸直後にポッキリ折れてしまった翼を思い出してしまう。体全体が小さくて軽いからこそ可能な動き方をしているのである。一方、トンボの飛び方にも驚かされる。トンボは前後2対の合計4枚の羽をもっているが、それを交互に動かしながら飛んでいる。そのため、かなりの高速度で飛ぶこともできるだけでなく、ヘリコプターのように空中で静止することも可能なのだ。残念ながらこれも強度などの点で、人間の乗り物に応用することは不可能だ。トンボの胸部には飛ぶための筋肉、飛翔筋がつまっていて、体重のかなりの部分を割いている。それだけ飛ぶことにエネルギーを注いでいるわけだ。飛ぶことを研究する学問分野、Aeronauticsは航空学と訳され、流体力学、空気力学などの分野を含んでいるが、昆虫の飛翔を対象にした分野はほとんどない。元々風洞などを使った実験の対象になっていたのは飛行機、車などであり、最近は大きな建物もビル風の問題で実験されているようだが、メートル単位以下のものを対象にすることはほとんどない。そんなわけで無視されてきたのだが、日本ではそんな小さいものを対象にした研究を行っている人たちがいる。もう研究の第一線からは退かれたが東昭さんはその代表格で、色んな本を書かれているので、興味のある人は探してみたらいかがだろう。別の話で、毛状翼という羽とは板状のものという固定観念を破る成果を出した研究もあるので、下記のサイト(研究成果集の毛状翼のところ)を参考にして欲しい。こういう研究において、大は小を兼ねるということはなさそうだ。

河内微小流動プロジェクト


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9月6日(金)−宝探し

 どうも食べ物の話が続くと思わぬ反響が出てしまう。やはり人間にとって最も強い欲の一つである食欲は、こういったところでも強い反応として出てしまうようだ。色んなものに興味を抱く知識欲というものも、人によっては非常に強くて周囲の何にでも興味を持ち、そのことを調べずにはいられない人もいる。周りの人たちからは歩く百科事典として重宝がられている場合も多いようだ。
 知識欲というとついつい学校での勉強のことを思い浮かべてしまう人もあるのだろうが、一般的にはそれとはまったく違うものだ。学校で学ぶことはどちらかといえば強制的に与えられるもので、受け手はあくまでも受け身である。それに対して、何かを知りたいと思うことは誰かに決められたものではなく、自分が知りたいと思ったわけで、もっと積極的であり、自立的なものである。授業でいやいや覚えさせられたことと違って、自分が知りたいことを自分で調べるわけだから確実に身につくことも特徴だろう。あんなに苦労しないと覚えられなかった英語の単語が、いざ生活に必要だから、他の人と話すのに必要だからというだけで自然に覚えられるというのと似ているし、また興味のある本を読むために必要となれば、かなり難解な言葉も覚えてしまうものである。記憶という要素に心理的なものが大きく影響していることがよくわかる。こういう形で興味が前面に出る人がいる一方で、気になるのは何かに興味を持つという行為をしない、もしくは控えている人がいるということだ。どうしてそんなことになるのかさっぱりわからないが、自分の殻に閉じこもって周囲に対して働きかけないというタイプの人に出会うとちょっと対応に困ってしまう。難しく考えすぎてしまって躊躇するという人もいるのだろうが、たとえば幼稚園児が園からの帰り道に大工の作業場をひとしきり見ていくことなど、単に興味からしているに過ぎないし、それで何か新しいものを手に入れようとしているわけでもない。そんな単純な興味というものさえ失ってしまうことはとても恐ろしいことではないだろうか。キョロキョロと周りを見回すことは不審に思われる場合も多いが、たまにはそんなことをして、一点だけを見つめるのをやめることも必要なのだろう。

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9月5日(木)−旨い臭い

 嫌いな人にとってはたまらないだろうが、チーズの話を続けようと思う。ピザに使われるのはイタリアのモッツァレラチーズが主体で、出来立てのものをまるで豆腐のように水に浮かべて売っている。このチーズはほとんど匂いがなく、あっさりとした味で、糸を引くように伸びるのが特徴だ。
 プロセスチーズと総称されるものは比較的あっさりとしていて、抵抗感なく食べられるだろうし、最近流行ってきたカマンベールやブリーといった白カビチーズは日本国内でも生産されるようになった。そんな状況を見ると日本人もかなりチーズを好むようになってきたと思えるのだが、まだまだチーズというのは奥が深いようだ。以前欧州に行った人に頼んでチーズを買ってきてもらったことがある。あちらに住んでいた知人の紹介で買ってきたというお土産のチーズは、さすがグルメを自認する人の推薦だけあって、見たこともないものであった。どれも濡れたような感じで、まるで京都で食べる生麩のようで、チーズとは思えない雰囲気である。しかし生麩のように香りがないわけでなく、どれもこれも強烈な香り、というよりも匂いがしていた。においも、匂いでなく、臭いと言いたくなる代物である。はっきり言えば腐敗臭となるが、一応食べ物だからそうは言いにくい。早速、いくつか試してみた。そのチーズの詰め合わせの箱には、全部で16個か20個ほどのサイロこみたいなものが入っていただろうか、全てしっとりと濡れた感じの臭いのきついものばかりだった。一つ目はそのまま食べた。臭いに対する抵抗があるけれども、味は良い。でも、口の中が臭くなってしまうほどで、次のは鼻をつまんで食べることにした。すると、これが意外なほど旨いのである。しかし、こんな格好で幾つも食べられるものではない。勿体なかったが、半分くらいでやめてしまったような記憶がある。その時思い出したのが新田次郎の山岳小説の一節である。欧州の山登りをするときの逸話にあるように、この類いの強い臭いがあるチーズだったら、やっぱり日本人には無理だろうなというわけだ。納豆、くさや、鮒鮨、日本にも臭くて美味しいものは一杯あると言われそうだが、鮒鮨など食べたことがないし、おそらく香りに違いがあるのだろう。昔テレビでやっていた全世界の臭い食べ物の紹介番組の中で、中国の醗酵魚の名人がくさやを臭いと称していたのが印象的だった。やっぱり旨いと思う臭いには人それぞれ違いがあるようだ。

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9月4日(水)−所伝

 10年ほど前だろうか、イタリア料理、いわゆるイタ飯のブームが起きていたのは。麺類が豊富にあるなど、フランス料理よりも庶民的な感じがして、日本人に好まれる料理が多いようだ。以前は、パスタ類のプリモと、肉類のセコンドという感じだったが、そこにピザがどっちつかずの感じで座るようになった気がする。
 ピザの起源に関しては、色々と面白い話があるようだが、中でもアメリカ人の話が滑稽な感じさえして面白い。現在のようなブームになったピザというのは、シカゴかニューヨークに来ていたイタリア人が考案したもので、その人がイタリアに戻って発展させたもの、という話で、そんなに新しい料理だったのかな、と考えさせられる。いかにも自国の自慢料理のないアメリカ人の考えそうなことで、まあ、お話としてだけ聞いておこうかな、といった塩梅だ。こんな話が出てくるのも、米国ではシカゴスタイルとかニューヨークスタイルとか呼ばれるピザのタイプがあり、どちらもイタリアのものとはかなり違っている。イタリアもおそらく地方によって異なるのだろうが、フィレンツェのものは薄いパリパリの生地に少量のハム、野菜、チーズがのったもので、一人前が直径30センチほどあってびっくりするが、大した量でもない。これに比べるとアメリカンスタイルはどちらも厚手の生地で、記憶が不確かだがシカゴの方がより厚かったような気がする。なにしろ食べるとなったらその量が尋常ではないアメリカ人のために、何でもかんでも大量に放り込むのがそのスタイルで、ついにはパンピザなるものまで出てきた。パンとは、英語なんだから違うのは当たり前なのだが、breadのパンではなく、フライパンと同じpan、平鍋のことである。高さが5センチほどの鍋に厚手の生地と中味をびっしり詰めるもので、ボリュームたっぷりである。大手のピザチェーンが売りだしていたが、中々美味しくてよく食べていた。日本でも米国からの進出だけでなく、お好み焼きと見間違うような日本独特のピザが色々と開発され、かなりの勢いで広がった。チーズがそれほど好きでなかった人たちに、これほど受入れられるようになったのはちょっとした驚きである。20年ほど前によく読んだ新田次郎の山岳小説では、日本人の苦手な香りの強いチーズを山に持って行く場面がたびたび出てくるが、使われている種類が違うとはいえ、当時はそれほど食べられていなかったのだから、今の様子は想像できなかっただろう。

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9月3日(火)−平衡

 最近の不祥事の話を聴いていると、どうも人間の考え方が変わってしまったのかと思えることがある。自分さえ良ければとか、人を出し抜くためにとか、利用できるものは徹底的にとか、まあ色々とあるが利己的と一言で片付けられるものなのかどうか、ちょっと考えさせられる。
 一般の論調ではこういった不祥事を起こす人たちの考え方が以前の人たちのものとは違ってきたのだとされることが多いようだが、本当にそうなのか怪しいのではないかと思えることが多い。ここで言いたいのは、以前から同じようなことが行われてきたが、それが発覚することがなかっただけで同じ考え方、同じやり方が踏襲されてきているのではないか、ということだ。その背景の一つとして考えられるのは、役所の考え方が変化していないことである。狂牛病の対応では迅速なものは見られず、まず隠すことから始まり、最後には欠陥だらけのシステムからなる買い上げ制度の導入によって片付けた。これらのやり方には何ら他の国でなされた対応から学んだところなどなさそうだ。そんなことから始まり、最近耳にした話題はさらに役所に対する疑いを強くするものだった。フロンの生産中止・輸入禁止措置の一方で既存の自動車のクーラーを放置したためのフロン密輸の横行、航空業界の新規参入業者に対する配慮のない施策による企業破綻、農薬の販売禁止措置の不備による発癌性農薬の使用問題、等々数え上げたらきりがなさそうだ。これらはすべて中央省庁が絡んだもので、法整備の不備によるものや省庁内・省庁間の連絡不徹底・調整不足によるものがある。この問題は、今に始まったことではなく、昔から問題視され、構造改革云々もそのためとなるべきものだったはずだ。問題が起きたのは少し前のことだから、これからは同じ問題が起きないと言うのかも知れないが、そんな戯れ言を信じる人もいないだろう。これと同じかさらに悪い状態でも成長期にはほとんど問題が起きなかったのに、今では何でもかんでも問題になる。どうすればいいのかわかっているはずなのだが、何もできない、何も変わらないのはなぜなのだろうか。

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9月2日(月)−自助

 人間は季節ごと、時期ごとに、別々のことを考えるのが得意なのかも知れない。確かに、その時期に関係のある事を考えるのは全く無関係なことを考えるよりは楽だろうから、理にかなったことなのだろう。そんなわけで、防災の日の頃になると必ず防災のお話が出てくるということになる。
 中でも日本特有のものと言えるのが地震防災である。これほどの人口密集地域でこれほどの地震多発地帯はないとよく言われる日本では、特に関東大震災以降地震対策が重視されるようになった。寺田寅彦が言った「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉を引用しつつ、いつやって来るかも知れないからこそ日頃からその対策、準備を怠ってはならないというわけだ。その観点から日本で集中的に進められたのは地震予知である。ただ、始められた頃に比べると予知そのものに対して懐疑的な意見が多くなり、カリフォルニアのように震災後の対策に重点をおくべきとする意見も出ている。あちらでこの活動の中心的役割をはたしているのが東京大学にいた金森博雄であることは何とも皮肉な感じがするが。東海地震への対策から強化地域の見直しが行われ、愛知県や三重県の一部も含まれることになった。特に、名古屋市が指定されたことは人口密集地域ということでかなり大きな影響があるようだ。一方、三重の方は津波の被害などが考えられるとのことで、初耳の人も多いと思う。しかし、戦時中に起きた東南海地震では、尾鷲などのいわゆるリアス式海岸という入り組んだ入り江で多くの津波被害が起きた。直後に調査に入った人たちによれば、陸路が断たれて、海上からの漁船を使った調査となり、場所によっては山の中腹までが津波被害に遭っていたとのことだ。戦争中の混乱でこういった報告は記録に残っていないものが多く、当然ながら世の中にもほとんど知られていなかった。最近はこの記録を再発掘しようとする動きがあり、今回の見直しにも役立てられたのだと思う。大地震と言えば1月17日の神戸淡路大震災となるが、この時100キロ以上離れた所にいた知人によると、あまりに強い揺れでベッドの上で何もできないままいたことを悔やんでいたとのことだ。しかし、慌てて動き回って怪我をするよりよかったのかも知れない。グラッときたら、まず消火と言われたのは昔のことで、今はまず自分の身を守れと言われているようだ。どうすべきかも自分で考えねばならないようだが。

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