普段は車を使って通勤しているのだが、この間久しぶりに電車を使ってみた。実際には職場が駅から離れていることもあり、電車を降りた後の徒歩が長くなるから、現実的な方法ではない。よほど時間に余裕がある時にしか使えないものだが、お天気が良いときには歩くのも気持ちが良くて、たまには良いものかと思った。
電車は実際には電車とは呼べないもので、ディーゼル機関車である。ローカル線なので、普段の日だと通学に利用している高校生が乗客の大部分を占めることになる。週末ともなると、どこかよそからやって来た観光客がいたり、地元の人がたまに使うくらいだ。どうみても利益を上げているようには見えないけれども、何とか細々と続けているようで、今後どうなるかもわからない。どこでも同じような傾向があると思うが、ローカル線は次から次へと廃止され、バス路線に変えられたり、公共交通機関がまったく無くなってしまうところも多いと聞く。自家用車がこれだけ普及してきたのだから、仕方がない部分もあると思うが、高校生や免許を持っていない人たちのことを考えると、そんなに簡単に廃止していいものだろうかと思えてしまう。そんな電車に乗るとき、ほとんど一人で乗るから車内で話をすることもない。ただ、この間は、どういうわけか、近くに座ったおばさんが話しかけてきた。暖かな日で、窓際は陽射しが入って暑く感じるほどだったが、はじめは隣に座っていたその人は日の当たらない反対側の席に移っていった。そこで、暑いですねと話しかけたら、そこから少しの間話すことになった。暦の上では立冬というのに、季節外れな暑さの中、前日干し始めた柿のことが気になるらしく、この暑さではどうなるだろうと気にしていたらしい。確かに、干し柿を作るときに、はじめの数日の天気が重要なようで、そこで上手く表面が乾いてくれればあとはほとんど問題なしとなる。ところが、その辺りで暖かい日が続いて表面の乾き具合が今一つとなると、ベタベタしてしまって具合が悪いというのだ。だから、干し柿を作るときには、その辺りのお天気とも相談で、早すぎず、遅すぎずの頃を見計らって、柿をもぎ取る。今年のように、気温の上下が激しいと、中々その辺りの変化を読み取ることが難しく、どうしても心配になることが起きてしまう。その上、暖かい日が続いた後に、じめっとした雨の日が続くと、どうにも心配が膨らんでしまう。そんな気持ちがあったからだろうか、その人は色々とその辺のことを話していた。こちらも数年前から自分で作っているから、大体事情が飲み込めており、話の流れに乗ることができる。まさか、こんなところで、こんな話をするとは、と思いつつだが、何とか干し柿談義に付き合うことができて、あっという間に終着駅に着いてしまった。その後は、職場までの歩きで、途中の道の両脇にある店を確かめながら、すたすたと歩いていた。ある店は無くなり、新しい店が開き、活気のない町と思っていたが、意外にそういう入れ替わりがあるようだ。車での移動では、味わえないことなのだが、やはり時間がかかりすぎる。次の機会はいつのことかと思いつつ、やっとのことで職場に着いた。
先日の新聞記事を読んだり、ラジオのニュースを聴いて、溜め息が出た。育英会の奨学金の話題を取り上げていたからだ。奨学金をもらっていた人たちはよく知っているはずだろうが、育英会とは日本育英会のことで、正確には知らないが国から出資を受けて、それを学生の就学に必要な資金として、貸し出している機関である。多くの人は大学時代に受けていたと思う。
と言っても、大学で育英会の奨学金を得るためには、高校時代の成績や家庭環境などの条件が色々とあったから、すべての希望者が受けられるというものではなかった。しかし、もらっている人の多くはそれによって教科書の購入や生活費などに充てることで、ずいぶんと助かっていただろうと思う。今回、問題にされていたことはこれらの奨学金の返済がかなり滞っていて、このままだと400億円以上の金が戻される見込みがないという話だ。上にも書いたが、奨学金とは与えられるものではなく、貸し出されるもので、受ける側から言えば借りた金である。一部の財団などが運営している奨学金は給付という形をとっており、返す必要のないものだが、育英会の奨学金の場合は一部の例外を除き返さねばならない。例外とは免除職と呼ばれる職業に就くことで、教員などが含まれる。言い方がおかしいかも知れないが、教育の現場で受けた金を教育現場で労働という形で返すといったことなのかも知れない。まあ、いずれにしても、そういう職に就かないかぎり、返済の義務があるわけで、借りた額にもよると思うが、最長20年での返済となっていたように思う。ただ、昔の返済には利子がついておらず、借りた金をそのまま返す形になっていた。最近は運営の難しさからか、利子付きのものが増えていると聞く。それでも、一般の金融機関から借りるよりもずっと低い利率だと思う。いずれにしても、このように恵まれた条件を提示されているにも関わらず、返済しない人の数が増えているのだそうだ。その内訳として紹介されていたのは、行方不明、自己破産、返済拒否といった類いの人々で、それぞれ事情があるにしろ、義務を果たさない人々という形でなんらかの処罰があってもよさそうに思える。ただ、こと育英会の運営という立場から見れば、本人への処罰などは問題ではなく、金が戻ってくるかどうかが重要である。にもかかわらず、行方不明は調査不足の可能性が大きいし、返済拒否も強制力を行使していない可能性が高い。最近流行りというと怒られるかも知れないが、自己破産も困ったもので、借金全部にかかるわけだから、自分の身勝手で膨らませまくったクレジットカードの借金や悪徳貸金業との問題と横並びにして処理される。破産とは、昔は宣告されるものという印象があったから、それに対する対策もなされていないのだろう。一方、強制力行使に関しても、記事によれば、いまだに法的措置に移したことが無いそうで、呆れるしかない状況である。保証人が存在していることからも、その絡みから動けば何とかなりそうに思えるが、何もしていないのでは、何かが起こるはずもない。いずれにしても、困っている人たちを助けようと、国を挙げて善意の運動として起きてきただろう、奨学金制度はここに来て暗礁に乗り上げていると言える。単一民族国家という形で作り上げられてきたからだろうか、この国には多民族国家として世界を牛耳っている国のような法整備による厳しい規制が馴染まない土壌がある。お互いに相手のためを思ってという、善意に基づく色んな行為が、他人を巻き込んでの無理強いという形で問題視されるようになってきて、良い方向に働いていた善意までもが排除されるような時代になってきた。自由という言葉ばかりがもてはやされて、そこに自由という衣を被った勝手がまかり通るようになってくると、わずかに残った善意に基づく制度も蔑ろにされてしまうのだろう。ここまで来ると、今まで善意の名の下に、避けられていた強制行為を発動することが当然のように思えてしまう。こんな方向に向かうことが良いこととは思えないが、心の中に存在しないものに期待するのはもう無理なのかも知れない。
シブガキと言われたら、何を思い出すだろう。まさか、もっくんとか、やっくんとかを思い出す人はいないとは思うが、どうだろうか。さすがにそんな話では盛り上げようがなく、ここで話題にするのは渋柿のことである。八百屋で売られている富有柿のような甘柿とは違い、そのままで食することは難しいものだから、道端に植えられているものでもそのまま放置されてしまうことが多い。
柿はほとんどの場合、接ぎ木をしないかぎり甘柿にはならない。元々そんな性質をもっていたから果物としての価値が低いと見られていたのではないだろうか。それが誰が見つけたのか、そんな方法でおいしい柿を作ることができるようになった。一方で、手間はかかるけれども、渋柿も干し柿や酒に浸けることによって渋味の元であるタンニンを除くことができ、柿の甘みを味わうことができる。ただ、手間のかかるものだから、この頃のように面倒を嫌う世の中になってしまうと、農家でも自分のところで作ることが少なくなったようだ。いまだに続けているところは地元の名産といった触れ込みで、全国的にも需要のあるものが多く、商売になるからという理由のところがほとんどだ。数年前から、実家の庭になっている渋柿をもらってきて、干し柿を作り始めたが、意外に簡単にできるので驚いている。確かに、日数は自然に任せるだけあって、かなりかかってしまうが、そこら辺で売っているものと大した違いの無いものができる。この渋柿は、元はと言えば、富有柿の種を庭に捨てたものなのだが、もう一つ別の木が生えていて、お互いに違った形の実が生る。柿の実は他家受粉でないと成熟しないのだそうで、お互いに助け合って結実させているということなのだろう。食い意地の張った者としては、つい食べることばかりに気が向いてしまうが、そういう考えを持たない人もいたようで、渋柿の利用法は食べることばかりではない。字が逆転するだけなのだが、柿渋というものを知っているだろうか。食べるときには敵のような存在の渋の成分であるタンニンを渋柿から抽出したもので、ネットで調べてみると、単に抽出させるだけでなく、その後熟成という醗酵に似た段階を経て作られるものらしい。用途は色々とあるのだそうだが、今までに聞いたものは、たとえば漁網に使うことで、耐水性が向上するようで、網のもちが格段に向上するという話だ。ただ、最近は合成塗料の様なものが出回るようになり、あまり使われなくなっているらしい。もう一つ、これもどこかで聞いた話だが、型紙に使われる。伊勢型紙とか、江戸型紙が有名なのだそうだが、染め物に使うものなのだそうだ。これも、柿渋を和紙に塗ることで、丈夫にするだけでなく、水をはじく性質を利用するのだそうだ。そんな利用法があるのかと、ちょっと驚いてしまうが、京阪神地方を運転していると、やたらに柿の木が植えられているところが目に付くことがある。これらもその昔は柿渋の原料となる渋柿を供給するためのものだったのだが、最近は需要が減ってしまって商売として成り立たなくなったものだという話を聞いたことがある。柿渋をとるためには渋柿を青いうちに収穫する必要があるから、最近のように文字通り柿色の実がたわわに実っているようではだめなのだろう。かと言って、木を切り倒すのも面倒といった状態なのかも知れない。
選挙戦は盛り上がっているのだろうか。局地的には、街宣車のように凄まじい音量を響かせて通り過ぎる選挙カーが盛り上げているようにもみえるが、実際にところどうなのかわからない。以前にも問題にしたが選別の基本が語られない世論調査は依然として高い投票率を予言しているが、はたしてどんな結果が出てくるのか、楽しみとも思えないところが残念だが。
選挙の結果に左右されない国の政治という印象が強いこの国では、選挙で大きな盛り上がりを見るのは難しいことかも知れない。確かに、野党と呼ばれる人々に政権を持たせてみたけれど、という思い出話を語る人も沢山いるだろうし、端からあの人たちが動かしているんじゃないと思う人も多いだろう。ただ最近の官僚の堕落ぶりを見ていると、あっちに任せるのも考えものとも思えて、なんとも身動きのとれない情勢のようだ。投票日まであと数日あるとはいえ、既に投票の話で盛り上がっているところもある。たとえば、今回の選挙の広報活動に一役買っている水泳選手が不在者投票を済ませた話などもその一つだろう。昔は不在者投票は余計なものという感覚が強かったせいか、手続きや資格など色々と問題が多く、行うことが難しかった。最近は色んな理由で行うことができるようになり、利用する人も増えているようだ。パンチの場合は、引っ越しに伴って、以前の住居地での投票を余儀なくされたとき、一度だけ利用したことがある。今回の選挙は違うが、元々春に引っ越す人が多いにも関わらず、春から夏にかけて選挙が多く新しい住居地での投票ができないという何を考えているのかわからない制度のおかげで、行きたくても行けない、参加したくても参加できない、発言したくてもできない、という人も多かったと思う。選挙制度には、こんな具合に「何故?」と思うことが沢山ある。今は当たり前になった女性の参政権もそんなものだったのだろう。ある時は、戦争に行かないものに投票権はない、といったことが語られることもあったぐらいだから。不在者投票に関しても、色んな不思議がある。たとえば、選挙公報なるものが新聞などに挟まれて、有権者の元に送られてくるが、あれはいつ届けられるのだろうか。不在者投票は既に始まっている。しかし、それに間に合うようにはなっていないようだ。というのも、選挙が公示されて候補者の届け出が済むと、すぐにその時点から投票が可能となる。そんなときに公報なるものが刷り上がっているというのは不自然だから、当然ある時点まではそんなものを読むこともできない。投票に予備知識は不要であるというのであれば、公報を配ること自体おかしいし、もし予備知識が必要であるというのであれば、たとえ不在者投票でもそういうものが手に入れられる状況を作るべきだろう。選挙が始まる前に既にそんなものはみんなに知れ渡っていると主張する人もいるだろうが、今回のようにマニフェストなる不可思議な文言が出てくるような状況では、事前の情報が不十分であると言わざるを得ない。そんな中で、こんな制度を堂々と実行するのも変なものだ。実際、在外の人々はそんな情報が入る前に投票しなければならないことが多く、色んな意味で不具合が生じているように見える。話が元に戻るが、結局のところ、選挙では何も変わらないと思う心がどこかにあって、そういうことに対する配慮が欠けてしまうのかも知れないのだが。
child abuseという言葉を知っているだろうか。childは、簡単に子供とわかるが、abuseは聞いたことがないという人も多いだろう。abを除いたuseであれば、使うという意味を持つことは周知の通り、それにつけてあるabの意味は、と辞書を引いてみると、離脱するという意味があるとのこと、使うことから離脱するとは、使わないという意味かあるいは間違った使い方をするとなるのだろうか。
辞書を引くのなら、始めからabuseを調べればいいではないか、と言われてしまいそうだが、それでは面白くない。せっかくの機会なのだから、わき道に逸れることも大切なのだ。ところで、abuseの意味はと言えば、濫用するとか虐待するという意味になる。使い方を間違えるというところから出ているのだろう。child abuseとは、日本語でいえば、児童虐待ということになるわけだ。20年近く前からこの言葉が日常的に聞かれていた国では、道端で子供を叱りつけていても、周りからその行為を非難する声が聞こえてくるくらい当たり前のことであり、問題視する人が多い。しかし、親にとって叱る行為は必要と思うからやるわけで、どこかの誰かみたいにストレス解消などと誤解して欲しくないものである。こんな行為を行う人々は昔からいたはずで、単に社会的に問題視されていなかったのだと思うが、最近は問題視されるが故の問題が生じているとも言えるのかも知れない。こういった行為をする多くの親が子供の時に自分の親から虐待を受けていたとか、自分の思い通りにならない子供に対して我慢できないとか、精神的な傷や未熟さを指摘する声が大きくなっている。すべてに当てはまるとは思わないが、何しろ問題の原因を知りたがる人々が寄ってたかって、あれこれと自論を展開したり、助言というお節介を焼く。実際には、それぞれ個人個人で、少しずつ違った背景があり、これといった決まり手がないものだから、悩んでいる本人はその意見に出合うまでは右往左往させられ、場合によっては別の問題を抱えることになってしまう。放置しておいたほうが良いというつもりはないが、過度な干渉は時と場合によっては、二次的な問題を生じるから気をつけて欲しいものだ。先日、テレビを見ていたら、児童虐待に取り組んでいる医師達の話を流していた。A県にある子供専門病院の例だが、虐待を訴えたり、処罰するだけで、後の処置がほとんど行われていない現状を問題視した医師達が、子供に対する処置だけでなく、彼らの親達に対する処置も行っていこうとする試みの紹介だった。内容はすっ飛ばしておくが、その中で見せていたある親子の葛藤の姿が印象的だった。ある朝、子供が自分のしたいことをしようとするのを親が止めようとすると、その子供がそこに立ち尽くしたまま数分間動かなくなるという光景である。そこでは違うときに違う場面で二度ほど同じ行動を示す子供を見せていたが、親がそれを遠目に眺めていることに違和感を覚えた。近くによって、抱きしめてやれば、それだけで十分なのに、と思ったからだ。しかし、その親子の間ではそんな行動が許されない心理的な葛藤が生まれていたわけで、そこに至るまでのちょっとした行き違いがそこまで深い溝を掘ってしまったのかと呆れてしまった。子供だから真剣に話し合うこともできずに、なのかも知れないが、それにしても人間同士であることには変わりがない。医療現場ではそこからどう戻すのかが問題になるのだろうが、社会的にはそこに行き着く前にが問題だろう。ほんのちょっとした気持ちが大切、というだけなのだが。
たぶん山茶花だと思うのだが、絶対的な自信はない。近くの住宅に植えられている木に濃いピンクの花が咲いて、既に散りはじめている。木の根元はその色の絨毯を敷き詰めたようになっていて、花の種類が少なくなった晩秋にはちょうどいいアクセントになっている。北風も強まり、いよいよ冬がそこまでやって来ていることを実感させられる。
そんなことを書いていても、別に冬に来ないでくれと願っているわけではない。季節が移り変わるからこその楽しみがあり、冬があるから春の訪れが待ち遠しく、また心躍らされるものがある。いよいよ紅葉の便りが全国各地から送られてくるようになり、近くの山の木々も色づいてきた。植林でただ一つの種類の針葉樹に塗り固められた山は別にして、日本の山々は色んな木が生えているから、この季節その彩りが面白い。紅葉と言っても文字通り赤く色づく葉もあるが、黄葉と書くことがあるように黄色く色づくものもある。赤でも紅色の鮮やかなものから、ちょっと黒みがかった茶色に近いものまで色々とある。そういう木々がまぜこぜに生えているわけだから、山の色は一色では描ききれない。色んな色が点々としていて、それが混ざって何とも言えない雰囲気を出しているのだ。そんな混色の山を見ていて、ふと思い出したのが、印象派の話。点描は極端な例だが、ルノアールやモネなどの絵には一つ一つの要素で見るとそこにはあり得ないような色が使われている。しかし、全体として眺めてみると、何となく納得させられてしまう。そんな技法を思いついた人はすごいと思っていたのだが、今紅葉真っ盛りの山を見ていると、こんなところに実例があるではないか、という気になってしまう。当時の画家達がどんなきっかけで、こういう不思議なことを始めたのか、知る由もないが、ひょっとして、などと勝手な考えを巡らすことになる。木々を近くで観察すると、一つの木のすべての葉が一色に染まっているのではなく、微妙に違う色合いを出している。しかし、遠めに見れば、それは何となくこんな色といった感じになるわけだ。これを利用すれば、色の混ざりを理解することもできるし、それによって微妙に違う色合いを表現することも可能なのかも知れない。そんなふうに思う人がいたとしても不思議はないような気がしてくる。先日、ある展覧会を覧に行くために公園を歩いていたら、名前もわからない木が目の前に現れた。印象に残った理由は、その木の色合いにある。葉はそれぞれ違う色に色づき、その中に実なのか花なのかはっきりしない灰白色のものが点々とあり、それはまるで、印象派の技法で描いた木そのもののような気がしたからだ。こんなに色んな色に染まる木があるのかと思ったけれども、目の前にある現実だから反論の余地はない。たまたまその木がちょうどいい塩梅の彩りを見せていたのだろうが、ふとそんな気持ちが出てくるのも面白いことだと思った。ものの見え方などというものは人それぞれに違うに決まっているが、それをどのように表現するかでその人の価値が決まってしまうというのが絵画の世界だろう。たまたまその時代の誰にも理解されなかったものが、後世まで残り絶賛されることなども時代による価値観の違いと言えばそれまでなのだが、不思議といえば不思議なものである。
科学に対する一般の印象とはどんなものなのだろうか。この国の場合、科学技術とひと括りにされて伝えられることが多いから、技術開発に向かうべきものが科学であり、何の役にも立たないものはそうではないと思う人もいるだろう。一方、全体像として何かが見えるわけではなく、薄ぼんやりと訳の解らないものという印象を持つ人もいるだろう。
教育業界の負の産物としてよく引き合いに出される、文系と理系の分類がこんな気分をさらに際立たせているのかも知れないが、何しろ解らないものという感覚から、理解不能なものとなり、さらには気味の悪いものとなってしまうとさすがに行き過ぎに感じられる。しかし、現実には理解できないものに対して、気味が悪いという感覚を持つことはごく当たり前なのだから、そこまで来たところでそれは無茶だなどと言っても始まらないように思う。要は、始めのところで訳が解らないとすることに待ったをかけるしかないようだ。それにしても科学などというものをこれと表現することは難しいのだろう。元々の考え方としては、目の前で起きていることを説明するといったものだったと思うのだが、いつの間にかその説明自体が理解しがたいものになってしまったのだから。ずっと昔の哲学者達はそういう役割を負っていたようで、親と子がなぜ似ているのかという疑問や、何もないところから蛆がわいてくるのはなぜかといった設問をおき、それに対する答えを提示していた。当然のことながら、そこには自らの頭の中で考えついたアイデアに基づく説明があるわけだから、すべてが正しいということもなく、後々それらの間違いを正すことに時間を費やした人々がいるわけだ。今の考え方からすると、そういうことをするのは哲学者の役目ではないように思えるが、当時は色んなことを深く考えるのが役目であり、その考えの深さがその人の能力を測る指標だったのだろうから、理路整然とした形で理解しやすいものを提示するのがより優れた哲学者の証明だったのかも知れない。いずれにしても、頭の中だけの話では無理やりも沢山あったわけで、その後実証することが必要となってからは、色んな形で自分の説が正しいことを証明する人々が出てきた。それがある時科学となってきたのだろう。色んなことを実験などによって証明できるようになり、それ自体が重要と考えられるようになった頃から、科学が生業の一つと考えられるようになったのではないだろうか。さて、そういった頃から、科学で説明のつかないものが色々と話題になっていた。非科学的というと否定的な印象を与えるが、超常現象というといっぺんにすごいもののように思えてくる。いずれにしても、現代の科学で説明がつかないものであり、未来永劫説明不能かどうかはわからない。一部の科学者はそういった解説を行うことで、科学とはある現象を説明するために発達してきたものであり、今現在説明できないものがあってもそれを説明不能と言いきることはできないと導いている。そういった考えに基づくと、科学とは単に何かを説明するものというだけのことで、突然何かが生まれるものというわけではないことになる。夢と希望をかなえるために期待している人たちにとっては、なんともつまらないことになるのかも知れないが、今までの経過を見るかぎり、現象説明という考え方は正しいようだ。但し、その後の展開があり、技術開発が起きてくれば、それが夢や希望に向けられることになるわけで、何にもならないわけではない。役に立たないものは科学ではない、と言いきることの難しさはこんなところから来ているのだろう。