パンチの独り言

(2004年2月9日〜2月15日)
(施療、既決、縁の下、冷や水、成済、与奪、願)



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2月15日(日)−願

 キルトを知っているだろうか。女性のほとんどが知っていると思うが、さて男性はどうだろう。辞書を引くと、綿などを芯にして刺し縫いした掛け布団、とある。quiltという綴りから、キルトとは発音せず、クウィルトと言う方が近い感じだ。芯の方ではなく、表面の布地に興味を持つ人が沢山いる。パッチワークと呼ばれる布の継ぎはぎによる模様が面白いからだ。
 キルトは継ぎはぎによる模様の美しさから、芸術品のような扱いを受けることもあるが、元々はそういうものではなかったらしい。米国ではかなり普及しているそうで、様々な作品があるだけでなく、既にアンティークの域に達したものもあるそうだ。小野ふみえさんという在米のキルト研究家のお話がラジオから流れてきて、ほんの少しだけ聴くことができたが、彼女の話によれば、様々な人が持ち寄った布きれを繋ぎあわせて作られたものが多く、一つとして同じ布が無いようにするのだそうだ。一方でわざと一枚だけ同じ布きれを使って、どこにあるかを探す遊びをするためのものもあるとのこと、いろんなことを考えるものだ。募金のためか、一つ一つの布にサインをして、その都度寄付をいただき、それを繋ぎあわせて完成させたあとに、もう一度チャリティーを行って、寄付金を募る。この話を聴いていて、どこかの寺で本堂再建の際に屋根瓦の裏に文字を書く形式の寄付を募っていたのを思い出した。写経による寄金で、欠けていたもう一つの塔を再建したあの寺のことだ。いろんな人々の思いをのせて、キルトが作られ、後世に残されていく。そういうものがアンティークとして、その成り立ちとともに伝えられるのだそうだ。そんな中、イラク戦争で亡くなった米兵の遺族に向けてキルトを贈っている米国女性の話がテレビで紹介されていた。それぞれの布きれにどんな思いが込められているのかはよくわからないが、犠牲者の名前を書いた布を縫い込んだキルトは遺族にとって大切なものになるのだろう。戦争にまつわる話としては、後ではなく、先に無事の帰還を祈って贈られるものがこの国にもあったようだ。千人針という、千人の女性が一針ずつ、赤い糸で布きれに縫いだまを作って出征兵士に贈ったものは、ほとんど残っていないのだろうが、皆で願う気持ちの現れとして心に残るものである。戦争だからといって、命を投げ出しに行くものではない。無事に帰りたいのは本人も含めて家族や周囲の人々の望みに違いない。戦後復興のために、という大義で出かけていく人々に、どんなお守りが渡されたのかわからないが、戦地でないと言われても、連日の爆破事件では心配にならないわけが無い。派遣を決めた経緯には疑問が一杯だが、一方では、彼らが目的を果たし、無事に帰ってくることを願うのみである。

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2月14日(土)−与奪

 寒い日が続いたあと、暖かい日がやって来るとホッとする。自然の恵みを受けているようで、こういう感覚は何はともあれ嬉しいものだ。季節がめぐることを知ってから、人間はそれを心待ちにするようになったのではないか。先の見えない生活に比べたら、次に起こるべきことが確実にやって来る循環は、心の安定をもたらすような気がする。
 自然の恵みを受けることは、ただ与えられるものを受け取るだけに過ぎない。世の中はすべてそうであり、自分から何かをするのではなく、他人に何かをしてもらうものだと考える人はあまりいないと思うが、物事によってはそう思っていなくてもそうしていることが多いから不思議なものだ。特に経済に関することはリスクをどうとるのかが肝心と言われている。しかし、最近の情勢を見ていると、自分たちがリスクを回避する手段を講じるよりも、何か別のものにリスクを取り除いてもらうことを欲しているように思える。食肉業界の動向はまさにその様相を呈していて、この騒ぎに乗じて利益を得る人もいれば、ただ真面目に損害を被るままにする人もいる。末端の小売業者からすれば、ちょっとした工夫をしたとしてもこの状況では焼け石に水といった感じで、どうにもならないということなのだろう。しかし、中間搾取を講じる人たちはそのための動きを始めているようだ。そんな中で安全とは何なのかという議論が起こっている。利便性とか経済性とかを追い求めた結果、色んな問題が生じているが、その原因をどこに置くかが現時点の争点のようである。話は少し違うが、利便性を求めることの最も良い例はコンビニではないだろうか。年中、一日中開いていて、大抵の生活用品は揃っている。過当競争にも見えるが、未だに増え続ける成長産業である。ただ、この便利さが意外に脆弱なものであることに気づかぬ人も多い。毎日、必要となれば、近くのコンビニへ、という生活を送れば、必要なときに買えばいいとなるから、買い置きなどという無駄なことはしない。さて、そこに大災害がやってくると、どうなるのだろう。阪神淡路大震災のときには、色んな場合があって一概には言えなかったのかも知れないが、コンビニにおける大混乱が報じられていた。これは、便利さが備えを消し去った結果と言えるのではないだろうか。利便性、経済性は、最近のキーワードとなっていて、それらが最重要項目のように扱われるが、リスク、危険性を考えると、それだけでは不十分に思えてくる。今回の食肉業界の事件では、ある一部の業界に話題が集中しているが、そこにあるのはまるでこの図式である。こういう議論が展開されると必ず安全とは何か、誰が安全を守るのかという話が出てくる。今回の米国の対応に呆れる人もいれば、逆にこの国の対応に呆れる人もいる。また、リスクは価格に反映されるのだから、価格からそれを類推すれば、消費者の選択が安全性の判断となるとする人々もいる。ここで米国での小売りの現状を引き合いに出し、安かろう悪かろうは消費者の判断とし、この国にもその制度が必要と説く有識者がいるが、安全性には幾つかの段階があることをこういう人たちは無視している。国民の健康に危害を及ぼすかどうかを判断し、その流通の是非を決定するのは国の役割であり、それは米国では厳密に実行されている。その中での自由選択を消費者がしているだけであり、根本的な安全性を判断しているわけではないのだ。それをまるで自由選択が自由経済の根本原則のように考え、馬鹿げた提案をする人を見ると、こういう偏った考えの人々が放つ言葉を吟味する力をつける必要性を痛感する。勝ち取った自由ではなく、与えられた自由を謳歌しているだけでは、難しいことなのかも知れないが。

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2月13日(金)−成済

 インターネット上は様々な文書が溢れている。知性豊かな、なるほどと思わせる文章もあれば、何を言いたいのかさっぱりわからぬものもある。種々雑多な文章が溢れ返る世界では、その取捨選択が重要となる。といっても捨てるのではなく、単に無視するだけ、見に行かねばいいわけだ。そのための道具の一つに検索エンジンがあるが、この発達も目を見張るものがある。
 種々雑多な文章が鏤められた世界では、当然ながらその見極めが大切となる。受信側から言えばそんな気持ちを持つことが大切だが、発信側にはまったく違った意図があるようだ。ネットの発達によって最も大きな影響を受けたのは、一般の人々だろう。普段なら意見を発表しても誰も聞いてくれないという境遇にある人々が、何の躊躇いもなく世界に向けて自分の意見を発信できるのである。これを千載一遇の機会と捉え、これまで温めてきた考えを率直に書き綴ったものが人の目に触れると、共感を呼ぶことも多い。基本的に匿名の世界だから、地位や学歴を問われることもなく、あらゆる人々が同じ舞台の上で対等な立場で意見交換できるのは、こういう仕掛けだからこそのことである。それを活かすも殺すも発信側の問題であり、匿名をいいことに誹謗中傷を繰り返すようでは、自己満足だけに終わってしまう。一方、受信側にも問題がないわけではない。出版社に勤める友人は、新刊書の内容をホームページに紹介しないと言っていた。そこに貼り付けられた文章は、誰でも自由に扱えるから、問題を生じかねないというのが理由らしい。本を購入したうえで、どこかに文章を貼り付けるのとどこが違うのかすぐには理解できないが、段階が増えることによる抑止効果がある程度期待できるようだ。問題のある受信側を発信側が選別するためには、こうする他ないようである。同様に受信側の問題として取り沙汰されているのは、文書の盗用である。米国の大学で講義のレポートで盗用が発覚した卒業生の卒業が取り消された話はここでも取り上げたが、大学で教鞭をとっている友人達によれば、この国でも同じことが氾濫しているそうだ。レポートは手書きに限ると制限を加えた友人もいるし、講義の中でネット上の文書の間違いを指摘する友人もいる。どちらもネットに溢れる雑多な文書の中の悪質なものの危険性とそれを見抜けない学生の問題を危惧したところからの措置だが、実際には機能しない場合が多いようだ。手書き制限は、いわゆるコピーアンドペーストというパソコン上での文書の移動の安易さを問題視したものであり、書写することによって少なくとも何かを得られるだろうという期待がある。ネット上の情報は必ず複数にあたることとの指摘も、同じ間違いを違う人が犯さないだろうからという期待からのものだろう。専門的な文書でさえ匿名での掲載が可能だから、出版された専門書とは明らかに責任の程度が違っている。本に書かれたことは正しいと信じて疑わない人々にとって、ネット上の文書にも同じ扱いをすることが多いのは仕方のないところかも知れない。だから、受信側の判断ではなく、複数の送信側を並べることで判断を下そうとするわけだ。これだけでは不十分なことは当然で、文書そのものから判断する力が必要となるわけだが、世間の情報操作の流れを見ているとそんな期待は持てそうにもない。恐ろしいのは、文書にある一人称をも丸写しにする感覚だそうで、それは盗みというよりさらに大きな心の問題を提示しているような気がする。ここも時々、大学からアクセスがあるのでこれを読む学生もいるかも知れない。検索エンジンによって見つけたサイトなど誰にでも見つけられるのに、盗用が発覚する怖れなどないと思うのか、はたまたそんなところまで思いが及ばないのか、心の問題は大きい。

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2月12日(木)−冷や水

 年配者が元気だと、様々なメディアが伝えている。色んな特集が組まれ、それぞれに特徴を出そうと躍起になっているが、目新しさはない。結局、色んなところでの活躍を伝えるだけだから仕方がないのだろう。特にはっきりと伝えられる体力勝負の世界は取り上げやすいようで、マラソン、登山、マスター競技と枚挙にいとまがない。見る方はただただ感心である。
 働くことが美徳と言われ、ただ闇雲に働き続けた世代は、働かなくてもよくなったときに目標を失ったと言われる。実際にそういう事例が十年ほど前にはよく報告されていた。ところが最近は上に書いたような事例が次から次へと紹介される。現役時代に出来なかったことを退職後に始める。金銭的な余裕が出来たから、自分の愉しみにそれを使う。この頃はどうもそういう時代になったようだ。ただ、これも長くは続かないような気がする。なぜなら、年金の問題、不況の問題など、家計に直接響く問題が山積しているからだ。悪くなる将来のことを考えたら暗くなってしまうから、やはり明るい現状のことを考えたほうが良いのかも知れない。つい先日流れていたテレビの特集では、トライアスロンやマラソンに汗を流す60代の人々や憧れのギターの収集に大金をつぎ込む男性が紹介されていた。どちらにも興味が湧かない人間にとっては、何とも理解しがたい行動に見えるが本人たちはいたって真剣なようだ。無趣味と言われ続けた人々にとっては、若い頃に断念した憧れを実現させることに必死になれる時代がやって来たわけで、とても幸せなときを過ごしているのだろう。テレビの前の淀んだ目と違って、光り輝く澄んだ目がそこにあった。ただ、趣味の世界はやはり他人には理解できないもので、何故あれほど一生懸命に体を痛めつけるのかと思えるし、何故あんな大金をあんなものにつぎ込むのかとも思える。ギターの収集をする人の言葉に、夢を踏み潰していくとあったときには呆れてものが言えなかったが、ひょっとするとそれが正直な気持ちなのかも知れない。征服欲、所有欲を満たすことが重要であり、それ自体を愉しむのとは少し違った次元のものかも知れないのだ。それと似たことに、若い者には負けぬ、という言葉がある。自分を年寄り扱いする若い世代を見返すことを主目的にして体を鍛える人々からは、そんな言葉が次々とあふれ出てくる。一概には言えないことだと思うが、対抗意識を丸出しにして仕事をこなしてきた人々にとって、ただ単に自分で愉しめと言われても素直に受け取ることなどできないのではないだろうか。だから、はじめは体の衰えを感じてその対策にと始めた運動に、つい全力を注ぐことになり、ついには競技という形で自分の存在を確認するようになる。勝ち負けに拘ることが悪いわけでもないが、それだけになってはいけないような気がする。そういうことに拘らずに過ごしてきた者たちにとっては、拘る人々の心境など理解できるはずもないが、表面を見ているかぎりそんな印象を抱かざるを得なかった。現役時代なら余暇としてしかできなかったものが、今は本業のごとくになるわけで、のめり込もうとすればとことん突き進める。何とも恐ろしい様相に見えるが、本人たちはそんなことは微塵も感じていないだろう。必死の形相を見れば見るほど、そこまでしなくてもと思う心はやはり甘いのだろうか。

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2月11日(水)−縁の下

 加藤道子さんが亡くなった。多くの人は、はて誰だろうか、と思うだろう。死亡記事によれば、声優の草分けとある。日曜の夜に仕事に出たときに、車の中で聴いているラジオから流れてくるドラマの主役の一人だったのだ。日曜名作座、40年以上続いた長寿番組なのだそうだ。七色の声の持ち主と言われ、若々しい声でまさか84とは思えなかった。
 このドラマのもう一人の主役は森繁久弥である。こちらの名前を知らぬ人はいないと思うが、最近は体調がすぐれず、舞台に上がることも少なくなったと聞いていた。それでも先日は八千草薫の何かの受賞の祝いの席で乾杯の音頭を取り、驚くほどとおる声で発声していたから、まだまだ元気なのだろう。この頃は同年配に限らず、後輩の葬儀で弔辞を読むことが増えているそうで、何とも言えぬ複雑な心境なのかも知れない。元気な年配者の様子を聞いたり、話を聴いたりすると、それはそれで楽しめるものである。たとえその大部分が自慢話であったとしても、ほんの少しの正直な話が聴ければいいのだ。経済状況の悪化が伝えられても、元気な年寄りは元気なままで自分たちの好きなことをやり続けている。それは、やっとつかんだ自分に使える時間を精一杯楽しもうとしているようにも見える。こうなってくると、経済の荒波にもまれている現役世代の元気の無さが余計に目立つわけだが、その辺りにも変化が出ているのではないだろうか。それは経済の回復による変化ではなく、自分たちの心の中の変化と言ったほうが良さそうである。大正から昭和一桁に生まれた世代の人々が築いてきた右肩上がりの社会は、その限界を迎えようとした時代にそれに乗っかってきただけの世代によって脆くも崩壊させられた、と言うと言い過ぎになるかも知れないが、そんな印象を持つ人も多いと思う。その後に続く世代にとっては突然梯子をはずされて、よくわからぬままにどこかに落ち込んでしまった感じだから、肝心なときに方策を練られなかった世代を恨む声も大きくなりがちである。それが、上の世代から意見されるような状況になれば、さらにその気持ちが大きくなり、あなた達のせいでと言いたくなる気持ちもわかる気がする。しかし、そんな遠吠えのようなことを続けても事態は一向に好転せず、ますます悪くなるばかりとなれば、心の転換が必要となる。右肩下がりの時代に何をどうすればより良い生活を手に入れられるか、そんなことを考え始めた世代は自分を含む自分たちの周りから変えていくことを始めたようだ。これはよい兆候で、ただ単に批判するだけでは何も変わらないことを自覚し、自分たちから変えるという具体的な動きを開始したことになる。ただ、全ての現役世代がそれだけの柔軟性を備えた環境にあるわけではなく、旧来のシステムの中で模索するしかない人たちもいる。団塊の世代と呼ばれた人たちに続く世代の人々は、結局そういう外れ籤を引かされたのかも知れないのだ。と言っても別にそれ自身が不幸というわけではない。右肩上がりを支えた世代がいたのと同じように、下降線をたどる時代をさらに悪化させないように何とか支える世代もいなければならない。それぞれの時代で人々の役割分担が大きく変わることがある。環境の変化であったり、時代の流れであったり、色んな要因があるだろう。損な役目を演じることが不幸と思えば確かにそうかも知れないが、舞台には黒子が必要なのだ。それぞれにそれなりの役割とその意味がある。次の盛り上がりに向けての準備も、無くてはならないことである。

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2月10日(火)−既決

 発明の対価に関する判決について、画期的とする意見を添えたメールが舞い込んできた。友人からのものだが、どこをどう画期的とするのかよくわからない。確かに、発明者の権利を認めたという意味に捉えれば新しいと受け取れるが、今回の判決はそれ以上の意味を含んでいると思えたからだ。情報は受け手によって千変万化、輝いたりくすんだりするものだ。
 判決文を読んで、とあったから、あの時の新聞を引きずり出して読んでみた。判決文と言ってもそこに掲載されているのは要約であり、全文が紹介されているわけではない。こちらもある先入観を持って読むわけだから、友人の受け取り方とは当然違ったものになる。権利を認める件に関しては、なんら反論の余地はない。但し、類似の発明に関する部分はこちらの知識が不十分だから、正誤の判断がつかない。そんな中で幾つか疑問に思えたのは、この発明によって得られた利益の算出方法と発明の対価を換算する基となった発明者の貢献度の数字である。利益の算出は、初期の売り上げ、最近の売り上げ、将来の売り上げという、過去、現在、未来の数値の合算による。未来を除けば既に数字が出されているものだから、異論の挟みようがないように見える。将来の数字はこういう取り扱いに慣れていないせいか、すぐには呑み込めない感じがした。特に、類似発明があることを判決文も認めており、その影響がどのように出るのかを予測することは困難だから、腑に落ちなくても致し方ないのかも知れない。また、類似はあくまでも劣った技術であることを断定したうえでの議論だから、そこをどう考えるかでかなり展開が変わりそうにも思える。まあ、とにかく、そういう算法で売り上げは計算できたのだそうだ。しかし、経理に関する素人にはここから先がさっぱりわからないから困ったものである。売り上げから利益を算出する方法の説明、だと思うのだが、それがよく理解できない。競合他社に技術供与する場合の話のように思えるのだが、どうしてそういう流れになるのかが理解できないから、もうさっぱりお手上げである。でもそこで止まるわけにも行かないから、利益換算ができたと無理無理納得して次に進むわけだ。さてここまで来れば発明によって企業が得た金額が算定されたわけだから、それをどう配分するかが発明者の権利をどの程度認めるかという意味になる。発明者の貢献度は発明過程を通して企業がどう関わったかを含めて、開発費なるものを示しながら説明されていた。本人の存在がなければ今回の発明はあり得なかったとする点に関しては、正当に認めたと言っていいだろう。ただ、そこでの企業の貢献はどうだったのか、その辺りの判断がそこから先の配分率の算出に影響を与えている。判決文のこの辺りに要約がなされていたら困るのだが、そのままだと仮定して続ける。開発費の額の指摘はあるものの他の研究開発との比較はなく、この額が企業にとってどの程度の負担になったと考えるのかの指摘がないのがまずは気になった。判決自体への影響は少ないかも知れないが、様々なリスクを企業全体が負っていることを考えると、何も言及しないことには違和感を覚える。それはともかく、発明者の存在の絶対性を説いた後に、すぐさま配分率の提示になることには驚かされる。どうやって50%を下らないと導き出されたのか、まったくわからないからだ。こんな流れが示されてしまうと、対価とは何かという疑問が出るのも当然なのではないだろうか。色んなところで行われているのと同じように、ここでも始めに数字ありきという印象を持たざるを得ない。小難しい話に終始してしまったが、認定と数字の繋がりの希薄さに警鐘を鳴らすべきだろう。

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2月9日(月)−施療

 ちょうど一週間前のある新聞の特集に障害者教育の問題点を取り上げたものがあった。いわゆる障害者として教育現場において特別な配慮を必要とする人たちの範囲を広げるとした文部科学省の決定に対して、問題ありという意見を出したものだ。ただ単に方針を打ち出しても、それに対する措置が不十分では逆効果となりかねないということのようだ。
 障害者という括りは時代の移り変わりとともに変化しているように見える。自分たちが子供だったころ、極度の身体障害者は見かけなかったが、心身障害者というか、いわゆる知恵遅れと思われる子供は同じ教室にいた。その頃でも特殊学校があり、聾唖者や視覚障害者はそちらに通っている場合が多かったと思うが、健常者が通う学校と同じところに設けられた特殊学級に通っている子供もいただろう。しかし、これらの子供たちはある見方をすれば一見してそれとわかる特徴を持っていた。そういう子供や大人をある区別の仕方に則って、障害者と呼ぶことになっていたのだと思う。それに対して、今回の方針転換で対象となる障害者の方は、当時ならちょっと変わったくらいの扱いしか受けていなかった子供たちが含まれる。学習障害、注意欠陥・多動性障害、高機能自閉症と呼ばれる「障害」を持った子供たちに対して、その症状に合わせた教育の機会を提供しようとするものらしいが、一昔もふた昔も前の教育を受けた者にとってはちょっと理解に苦しむところもある。学習障害には、識字障害、書字障害、計算障害などがあると聞くが、ちょっと考えたくらいではどんなことなのか想像がつかない。たとえば、アルファベットのSを左右逆さまに書くことは小さい子供ならよくあることだが、これが当たり前となり修正のきかない人がいるとか、話したり聞いたりすることはできるのに読んだり書いたりすることができないとか、そんな説明がなされる。これではよくわからないからと、有名人を引き合いに出すことも多く、ある映画俳優が例に出され、せりふの覚え方などの紹介がある。注意欠陥・多動性障害の方は程度の差を考慮しなければ、そこら中にいるといった様相で、子供時代を振り返れば自分も含めて多数の同級生がそんな症状を示していた。また、有名人にも多いことがよく紹介される。それに比べると自閉症の場合は、芸術家に多く見られる傾向があるようで、そちらの話題が多い。いずれにしても、昔ならそんじょそこらにいた感じがして、わざわざ「障害」という括りをする必要があるのかに抵抗感を覚える人も多いだろう。昔との比較が常に正しいやり方とは言えないが、何となくそのままにされていた子供たちが最近は教育上の大きな問題として取り上げられるようになった。その流れから、監督官庁は様々な方策を編み出す必要が出てきたわけだ。現状でも色んな組織が関わっており、教育機会を与えようとしているが、公的機関はほとんど無く、非営利団体などの関わりが強い。また、教育現場でも補助教員などの整備によって対応を図っているが、どんな方法が適切かわからぬままの対応では何ともならない状況にあるとしか言えない。こういう現状を見て思うのは、はたして昔と今で何が変わったのかという素朴な疑問である。昔はそういう落伍者を放置することによって秩序を保っていたのか、それとも個々の教員による何らかの対策がとられていたのか、はたまた家庭と教育現場との何らかの関わりがあったのか、もっと他の根本が忘れ去られたのか。昔との比較は現状の分析には役立たないとする人もいるだろうが、場合によってはそういう単純で基本的なところに戻る必要もあるのではないだろうか。「障害」という括りが何のためなのか、それによってどんな恩恵に浴すことができるのか、教え育てる現場では結果よければ全てよしであるだけに、ただ施しを与えるだけの方策では意味をなさない。

(since 2002/4/3)