パンチの独り言

(2006年5月1日〜5月7日)
(妄想、後付、爆発、値上げ、選別、休暇、保存)



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5月7日(日)−保存

 電話番号の交換、以前ならばメモだったのだろうが、今やそのまま入力か、あるいは片方の携帯からもう一方にかけることで済ませる。簡単になったと言えるのかもしれないが、どうも心もとない感じがする。電話機そのものをなくしてしまえばそれまでだからだ。メモでも同じと思う人もいるだろうが、さてどうだろうか、違うところがあるかもしれぬ。
 以前との違いはこれだけではない。記憶装置と電話機が一体化しているから、検索して発信となる。これには人の手作業がほとんど入っていないことになり、本人の頭の中には相手の名前しか残っていないのだ。自分でダイヤルを回しても同じと思う人もいるだろうが、経験が無ければわからないことだ。同じ作業を繰り返すことで記憶が強化されるという話がある。番号の記憶もこれと同じことなのである。復唱することで覚えると言えばわかるだろうか、たとえばそんなものなのだ。しかし、中には数字を覚えられない人がいる。面白いのは、単なる数字は無理だが、銭勘定になると別という人もいて、そこに数字の記憶とは別のことがあることがわかる。元々数字は抽象的なものであり、それ自体が何かを表すことはない。何が何個と言った途端に意味を持つわけで、数字そのものはどんな場合にも同じことしか表さないのだ。たぶん記憶が苦手な人の多くはそこに問題を抱えていて、抽象的なものを苦手としているのだろう。それが金銭や何かの数に結びつけられた途端に苦もなく覚えられるのは、数字の具象化がなされたためなのだ。一方、同じように具体的であるはずのものでも、難易度が異なってくるものもある。日にちを覚える時、得手不得手を感じたことはないだろうか。楽しい予定はすぐに覚えられるのに、嫌な約束はすぐに忘れてしまうといった経験のある人もいると思う。同じような日付なのに、となれば、それに付随する何かが記憶の促進につながるか、妨げになっていると思える。誕生日を覚えることは得意で、家族全員のものを覚えていたのに、命日はとんと覚えられないというのも、そんなところから来ているのかもしれない。こう考えてくると、数字の記憶には、二つの道筋があるようで、一つは何かと結びつけ具象化することによって覚えるもので、もう一つは単なる数字の羅列として記憶されるものなのだろう。後者も特に優れた人たちでは面白い表現があるようで、たとえば色や形として現れてくるといったものもある。一見具象化されているように思えるのだが、彼らの頭の中でどんなことが起きているのかはまだ謎ばかりで、簡単には結論を出せないようだ。いずれにしても、数字が溢れる世の中、なるべくなら簡単に、でも安全な方法で、それを留めておく方法を身につけておく必要がありそうだ。

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5月6日(土)−休暇

 休みばかりだと調子が狂う、という人もいるのではないか。休んだ期間の倍くらいの期間は使い物にならないといった話もあって、人によるとはいえ、普段の生活習慣を守ることが第一となるのだろう。その一方で、休みをとることで文字通り再生され、明けた途端に全速力という人もいる。休暇の功罪というべきか、でもまあ、休みはあったほうがいい。
 たまの休みなら、ゆっくりできるのに、ちょっと長くなりだすと、中弛み状態になるという人もいる。普段から規則正しい生活を送っている人に限って、ペース配分がつかめず、どうにも調子をおかしくするのだから面白いものだ。普段から勝手気侭な生活を送っている人にとっては、少しくらい調子が狂っても許容範囲内であり、どうということもないからだろうか。ただ、体の方はやはり少しずれている感じがあるのではないだろうか。仕事を持たない人にとってはそんな習慣も何も関係ないかもしれないが、仕事を持つ人々はやはり何かしらに縛られているに違いない。そういう縛りが解けて、自由になったように見えるときが実は危ないわけで、繋ぎ止めておくべきものを見失ってしまうことになる。そんな心配をする人はそんなにいないと思うが、働き病のようなものに取り憑かれた人々にはそんな人がいるかもしれない。休みとなれば仕方がないというわけで、旅行に出ても、何とか調子を保とうと努力するようだと、かなり重症なのではないだろうか。その日の訪問先を綿密に調査し、旅程表を厳密に整え、更に細かな指示を書き加えていくようだとかなりの病状は悪化しているだろう。まあ、そんな冗談はさておき、長い休みの過ごし方は人によって違うとはいえ、何とか巧く休みに入り、巧みに休みから抜け出すことを考える人は多い。これといった方法があるとは思わないが、対応が柔軟な人ほど巧くやっているように見えるのは何故だろう。結局柔軟性が全ての根源であり、それを巧く使いこなせた人が評価されるようになるのではないか。ただ、柔軟性を身につけている人は見かけるが、それがどういった訓練で身につけられるのかを実践した例については、ほとんど聞いたことが無い。ある程度は何とかなるにしても、その人の特徴として取り上げられる水準にまで達するのは、訓練だけではどうにもならないものかもしれないわけだ。いずれにしても、休みはあとわずか、どう楽しみながら、どうやって新たな週を迎えればいいのか、そろそろそわそわしてきそうなものだ。

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5月5日(金)−選別

 就職状況が好転しているという。学生の反応も随分よくなったらしいが、それでも苦しんでいる人は多いようだ。20年ほど前、はじける前の状態に戻りつつあるのだが、しかし、大きく違っている点がある。人の選び方と言われるものだが、昔は人手不足の解消には相手を選ばぬことが一番とされたのが、その弊害を認識したためらしい。
 何も考えずに採用した人材がどうなったのか、それぞれの企業はそういったことをなるべく表に出したくないようだ。多くの場合は問題なく、そのまま勤めていたり、転職していったわけだが、一部の人々は日の当たらぬところに追いやられているらしい。追いやられるという表現は、企業にとってはありがたくないだろう。実際には、何をやらせてもうまく出来ず、どうにも生産性を下げる方向にしか寄与できないため、大抵の部署から放り出されてしまうらしい。多くの場合、対人関係の問題が表面化するようだが、兎に角人と意志の疎通が出来ない人が世の中には沢山いるということだろう。それが、ある時期に集中して、一部の業界に参入したらしく、かなりの痛手を被ったと言われている。教訓として出されてきたのは、いくら人手不足でも、相手も見ずに採用することは避けるべしということらしい。となると、その対象になる人間達にとっては、大きな障壁が築かれたようなものとなる。じっくり見られれば見られるほど、こちらの欠点が目立つようになり、採用の可能性は低くなる。本来であれば、そういう人間にも別の形の特徴があり、それをたまたま評価する人が採用する側にいれば、それで全てが解決するわけだが、そういった手の掛け方もなるべく避けようとする動きがあるようで、大体同じような形で評価されてしまい、同じように不採用とされてしまう。慎重に構えるほうが得策と決められてしまった以上、そういう壁を乗り越えられる力のあるなしがものを言うわけだ。にもかかわらず、相変わらずの調子でどうにもならない学生生活を送っている人間がいたら、結果は明らかだろう。最近の目的意識の向上からすれば、様々な対策を講じる人間が目立つようになっているから、それにまで出遅れた感のある人々にとっては何も頼りになるものはないのかもしれない。自分の力で何とかしようとするならまだしも、対人関係に不得手な人間は、その辺りも苦手とするところとなる。まあ、そんな調子で、職探しを続けたとしても、さて夏までに決着がつくものかどうか。もし、それが難しいとなれば、更にその先、秋になり、ついにはと言うことになる。実際にそういう例も数多く取り上げられているようだから、かなり深刻な問題と言えるだろう。こんな取り上げ方をすると、社会問題のように思えるかもしれないが、でも、結局のところ人間の問題、個人の問題に過ぎないのだ。

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5月4日(木)−値上げ

 原油が高くなっているらしい。といっても、実感があるわけではなく、ニュースの中だけの話である。それが、徐々に日常生活に影響を及ぼすとしたら、おそらくガソリンが一番だろうと思っていたら、いつの間にか値上げされると報じられていた。頻繁に運転する人にも影響が及ぶが、それが周り回って消費者に負担を強いることになる場合もある。
 昔と違って今の運送業界はほとんど車を使っている。貨物列車での輸送であれば、影響の度合いも違っていただろうが、全てが車となれば、原油の高騰は深刻な問題となるだろう。そんなこんなで、そろそろ影響が出てくるのかもしれないが、どんな形、どんな程度になるのかはまだわからない。こういうときに使われる手口には色々とあって、時には便乗としか思えないものまで含まれるから、買う側は気をつけるべきだろう。と言っても、何をすればいいのかわかっているわけではないから、成り行きに任せるしかない。今上がっているものが、何故すぐに値上げにつながるのかもわからないし、いつものことながら、値下げの反応の悪さに比べて、反対の動きは恐ろしく素早いから、驚くばかりだ。心理的な要因も含めれば、かなり大きな違いが生まれているのだろうが、それを特別に質すことも少ない。合理的な価格設定がなされていない状況では、どちらにしても大した差が生まれないとでも言うように、眺めているだけの場合が多いようだ。かなりの貯蔵分の存在が明らかだし、在庫もかなりあるに違いない。しかし、それでもなお、騒ぎに乗せることは大変重要であるらしく、こういう時期を逃さないように努力するのだろう。これから、二次的、三次的に影響を受ける業界が名乗りを上げるのだろうが、さてどういった対応をするのだろう。値上げをすれば、そこでさらに利鞘を儲ける連中が出て来るわけで、末端に行けば行くほど、その率は高くなる。全く住みにくい世の中だと言ってしまえばそれまでだが、それだけが環境悪化の理由になるのか、そう簡単にはわからないものだろう。一方、物価の上昇が鈍化してから随分の年数が経過していたから、それなりの対応は個人個人で出来そうな気もする。それが可能かどうかは人によるのだろうが、全体的に見れば可能という意味である。給与も、利率も、様々なものが再び上昇基調となってきたと伝えられれば、当然次にくるのは物価となるわけで、ただそういった流れが出来ただけなのかもしれない。ちょっと度が過ぎると、とんでもない苦しみを強いられる可能性もあるが、まあ、何とかなると思うしかないだろう。嫌なら、一つ一つ、そういう要素を切り捨てるのも一つの方法だろう。さて、どちらを選ぶのか、たぶん多くの人は便利な生活を捨てる気持ちにはならないと思う。

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5月3日(水)−爆発

 不安定な天気の時、不思議なものを見ることがある。それは虹色に輝く空だったり、へんてこな形の雲だったり、その時その時に見せてくれる自然の営みの姿には、予想を遥かに上回るものがあるように思う。この間見たのも、何だか不思議なものだった。何故なのかと思っているうちに、夕空に消えていったが、その姿はまるで雲なのだが。
 雲が空に浮かんでいるのを見て不思議に思う人などいないだろう。どんなに変わった形をしていても所詮は雲である。しかし、その時目の前に展開していたものは、それまでに見たものと大きく違う感じがした。地面から沸き立つように、それも湯気が上がるような姿をした雲は、まるで水蒸気爆発をした火山の火口から沸き上がる噴火のようにも見えた。しかし、実際にはそれはある町の中心部から上がっていたものだし、ニュースでは何も報じられていなかったので、何か特別な事件が起きたわけでもなかったのだろう。車を走らせている最中、ずっと気になっていたが、結局何のことだかわからなかった。まあ、そんなこともたまにはあるのだろう。また、いつか、ふとそんなことを思い出したり、何処かでよく似た現象が観測されて、話題になることもあるかもしれない。いずれにしても、そういうものをふと見つけて、気にすることを愉しむ人はどれくらいいるのだろう。別にそれで何かが変わるわけでもないのだが、ちょっとしたことに違いを見つけたり、普段と違うことを見つける能力は、人によってかなり差があるように思う。科学はその疑問に答えるために発達してきたと主張する人々もいるが、そんなことを思わなくても、疑問を抱くことは簡単にできる。昔はそんなことを思ったこともあったのに、このところとんとそんな心境にならない、という人がいたとしたら、やはり何か大切なものを失ったのではないだろうか。その代わりに何かを手に入れたとしても、失ったものの方が大きいと思うのは、たぶん何を大事と思うのかによるのかもしれない。目の前で展開するものに注意を払い、その中にある特徴を捉え、そこから引き出されるものを手にすることが、色々な問題を解決する端緒になるだろうし、そこまで行かずとも、何かしらの考えを与えてくれるかもしれない。さて、では、あの雲は何か与えてくれたのか。そんなに急いでは兎に角駄目なのだろう。すぐに思いつくようなことは、大したことではないかもしれない。いずれにしても、地面を見つめたり、空を見上げたり、色々なところに様々面白いものがあるはずなのだ。そんなことを思いながら、たまの休みを過ごしてみてはいかがだろう。

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5月2日(火)−後付

 お金の扱いは、互いの信用があってこそのものだろう。だから、何処か遠くの町からやって来たよそ者より、地元の人を優先したくなる。都会に住む人には理解しがたいことでも、地方の人間にとっては当り前のことだろう。しかし、この図式が最近揺らぎ始めているように思える。よそ者の命令が地元民を苦しめる結果となりつつあるからだ。
 このところ、郵便局が混みあっているように感じないだろうか。民営化を視野に入れれば、顧客が増えることは歓迎すべきであり、混雑はその証しと言う向きもあるだろう。しかし、実態はそんなことではないようだ。局内での会話の多くは、前回の来局に関することであり、理由もわからず指示された書類を揃えて来たという話が出る。準備万端だったはずの二回目もあっさりと窓口で断られ、うな垂れて帰る老人の姿もある。はて、地元住民のための奉仕という基本は何処へ行ったのだろうかと、首を傾げていたら、こちらにも火の粉がかかってきた。郵便局では、郵便物を扱うのはもちろんだが、貯金や保険といった金融商品が大きな割合を占める。特に、人口の少ない地域にとっては唯一の金融機関であることが多く、大切な存在である。その上、地元の人々による運営は繋がりを強くし、便利さと配慮から身近な存在のはずだった。そこへ邪魔に入ったと思われるのは、法律という全国一律の制限であり、場所毎の判断を入れさせない圧力だろう。貯金の本人確認や保険の様々な確認も、義務づけられたためか、非常に厳しく実行されるようになった。よそ者相手の時には当り前に見えることだが、顔馴染みにまで適用されるのを見ると、その特長を失わせる力の介入を想像してしまう。子供の進学のために用意された保険においても、性別確認なるものが新たに盛り込まれ、法律の制定以前の契約にまで及んでいる。いわく、性別による保険料の違いを明確にすることと、性別を途中で変えられる法律の制定によるものだとのこと。何とも不思議な話だが、法律は法律、制度は制度、窓口の職員はそのことだけを連呼するのみで、顧客の理解は容易に得られない。大きな郵便局で見ず知らずの人がやってくるところならば、わからないでもないことだが、隣の人にまでそんなことを要求しなければならない。何ともおかしく見えることだが、法律はそういう私情の介入を許さないのが基本なのだ。実際にはもっと違う理由があると思うのだが、職員に言っても始まらないし、そんなことを考える人々の意地汚さを思うと、嫌になるだけだろう。こういう圧力が様々な形で郵便局が抱える事業の円滑な運営を妨げることになり、誰かが意図した方向に向かわせているのではないかというところまで考えを及ばせるのは、あまりにも度が過ぎるのだろうか。何よりも自分の考えを通すことを優先させる顔を思い出すたび、皆で痛みをという主張も、弱者を蹴落とすだけのものに見えてくる。

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5月1日(月)−妄想

 本人にとっては非常に重要なことなのに、他人にはその価値を認めてもらえない。そんな経験をした人も多いだろう。しかし、それが骨董品やマニア垂涎のものならばまだしも、誰かの仕打ちやら仕業やらという話になると、事情は少々異なってくる。同じように大切なものの判断なのに、何故そうなるのか、本人にしかわからないものかもしれない。
 新聞の最後の頁に体験談を纏めたものやら交友録が掲載されている。それを読むたびに、世の中には人生の友を持ち、その重要性を強調する人々が多いことを感じさせられる。読者の中には、自分の姿に当てはめて、そこにある大きな違いに嘆息を漏らす人も居るかもしれない。確かに、そこに文章を載せられる人々は世に言う成功者の一人であるから、友人の存在は必要不可欠なものに見える。しかし、それが成功を招いたかどうかは、それだけで判断できるものではないだろう。人付き合いの上手下手はそれぞれにあり、あそこに一文を載せた人と言えども、上手とは限らない。それでも数々の経験を通して、何かしら学ぶところがあり、それを反映させることで行き着いた結果がその友人なのかもしれない。逆に言えば、そういう過程を通して成功に導く手段を手に入れ、それが積み重なることから出てきた結果が友人の獲得かもしれないのだ。色々な人との付き合いが職業上のものであれば、その職を辞した時点でその繋がりは断ち切られることが多い。また、様々な遣り取りの中で疎遠になるきっかけが起こることもあるだろう。こんなことは当り前なのだろうが、どうもそれを当り前に思えない人たちが居る。自分への対応を一つ一つ理由付け、それを心理的なものに結びつけようとするのだ。好き嫌いを基本において人付き合いをするのは、それぞれの勝手とは言え、極端に振る舞われるとさすがに辟易とする。その上、高じてくると何かにつけて被害に結びつける行動に出るから、当事者間だけでなく周囲の人々にまで被害が及ぶことになる。当人が被害者に位置づけている理由は様々あるのだろうが、それを周囲の人々が理解できない場合、ほとんど意味を持たないものとなる。そうなってしまうと、もうどうにもならない状況に陥るのだが、なればなるほどといった傾向があるようだ。そこにも複数いるかもしれない加害者の存在が見え隠れし、四面楚歌とでも言わんばかりの主張が強く出されるようになる。こういった人々の多くに見られる傾向はかなり明確なもので、自己主張の強さ、心配りの無さなどといったものである。総じて言うならば、相手の気持ちになることが出来ない人とでも言うのだろうか。被害者に加害者の気持ちになれというのではなく、ただ単にそれ以前の問題として人と人の間の関係で相手の気持ちを理解しようとする気があるかないかの違いなのだろう。ほとんどの場合、今更の感が強く、修正の可能性が乏しいのが残念なのだが。

(since 2002/4/3)