パンチの独り言

(2024年12月23日〜12月29日)
(何が起きる、産業革命、盛衰、自縄自縛、破滅か、寄り添う、誰が悪い)



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12月29日(日)−誰が悪い

 悲観的なことばかり、書きたくもないが、それにしても、どうしたことかと思う。情報に飢えて、追い求めるのは、ある意味、仕方のないことだが、何故、嘘に振り回され、騒ぎ立てるのか。また、騙されたと叫ぶのか、全く理解できない。何故なら、騒いでいるのは、自分達だから。
 情報弱者は、まるで、死に直結しているが如く、騒いだ上で、偽物の情報に、戸惑うばかりだったり、信用できると思った人の、書き込みに惑わされたり、どうにもならない、としか思えないのは、こちらが、そういう情報を、信じ込むことなく、ある程度、無視しているからだろう。情報などと言われるものの、大部分は、所詮、噂話に過ぎず、聞くに値しないもので、そんなことは、知らなくても、何の不利益もない。なのに、騒ぎ立てる人々は、兎にも角にも、手に入れることに、躍起になっており、その結果として、間違いばかりを、掴まされた挙げ句に、騙されたと騒ぐ。だったら、そんな情報には、触れずにおけばいいし、鵜呑みにしなければいい。などと書くと、罵声を浴びせられ、だったら、どうやって区別すればいいのか、と言われるが、基本としては、その能力がないことを認め、触らぬ神に祟りなし、とばかりに無視するのが、最適だろう。これほど、明らかなことは、ないと思うが、当人達は、大真面目で、騙されたと騒ぎ、誰も言ってくれなかった、と言い始める。それこそが、実は、情報弱者の典型では、と思うがどうだろう。情報に、触れられない人のことを、弱者と信じ込み、自分は、手にした端末で、そういうものを、手に入れられているから、違うのだと主張する。でも、間違ったことを、信じ込まされているのなら、それこそが、弱者となるだろう。だったら、知らぬふりをして、誰かが騒ぎ出すのを、待てばいいだろう。それも、すぐには鵜呑みにせず、少しの時間、見守るだけで、騙されることは、殆ど無くなる。来年こそ、そうしてみては、と思うのだが。

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12月28日(土)−寄り添う

 いつ頃からか、盛んに、取り上げられたのが、「寄り添う」だろうか。相手の気持ちに、という意味らしいが、取り上げられた内容は、ただの押し付けでしかなく、一方で、受け取り側が、強調していたのが、まるで、自分の気持ちが、完璧に理解された、という態度だった。
 大いなる誤解であり、勘違いでしかないものを、何故、これ程までに、強調しようとするのか、さっぱり理解できない。そんな感覚では、無駄にしか映らないが、当人達は、大真面目に、この気の持ちようを、説いて回る。いやはや、どうしたものか、と思うこと頻りだったが、その後も、勢いが衰えることなく、勘違い野郎が、更に増えている。特に、その傾向が、より強まったのは、社会媒体の流行、なのではないか。相手のことを、理解する為には、論理の欠片も、必要ではなく、単純に、気持ちの問題でしかない。そんな遣り取りを、異常と見るのは、結局、他人の気持ちを、理解できないから、と断じられるが、本当なのか。最近、そんなことを、ふと考えたのは、感染症騒動の、後遺症とも言える、ある薬剤に対する、世間の反応だった。ここで何度も取り上げたように、免疫の仕組みを利用した、感染症防止法について、あの騒動での、不思議な論法については、科学的な論理性は、明らかに不足していた。そこに、現れたのが、非論理的な反論の数々だが、その勢いが、衰えることなく、国内の製薬企業が、新たに開発したものへの、反論についても、異常性が、際立っていた。書籍でも、反響があったようだが、そこに、新たに登場したのが、ある政治家の発言と、それに対する、企業からの法的措置だろう。この中で、一部の支援者から、発せられたのは、まさに「寄り添う」ことであり、そこでは、論理も科学も、無用の長物であり、ただ単に、気持ちの理解と、寄り添う姿勢が、重視されていた。人間性の表れ、と見る向きもあろうが、政治的な発言に、不可欠な要素を、投げ捨てたとしたら、末期的としか見えない。社会媒体の恥部とも見えるが、どうだろうか。

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12月27日(金)−破滅か

 自分で、自分を縛り上げる。後から見れば、滑稽でしかないが、その場は、大真面目なのだろう。だが、この図式、やはりどこかおかしい。例えば、軽油駆動方式の、不正に関する話は、実は、こちらの企業は、問題なく合格したのに、あちらが、上手く行かなかった。
 で、結局、検査時だけ、対応できる誤魔化しを、施した訳だ。出来もしないことを、規制するのは、どうかと思う。ただ、排ガス規制では、当初も、同様の状況であり、それを克服した。だから、目標は高い方がいい、と言えるのか。さて、では、電動車はどうか。こちらは、技術的には、ほぼ問題無しだが、問題は、電力供給と充放電にある。再生可能、という意味で、電動車は、成立するが、さて、本当に、再生が可能なのか。太陽光にせよ、風力にせよ、確かに、発電形式だけなら、その通りになるが、現実には、太陽光発電も、風力発電も、その仕組み自体が、どんな問題を生じるか、議論されることなく、ただ、汚れていないとして、断言されている。だが、先進国ならまだしも、整備が進んでいない、途上国での、電動車の台頭は、怪しげなものにしか、映らないのでは。政府関係者も、企業も、自分達の正当性を、盛んに喧伝するが、実際には、問題が山積みであり、このままでは、何処から破綻し始めるか、誰にも分からない。もう、このまま突っ走れば、いいとの判断から、暴走が続けられる。流石に、海の向こうの企業は、そこまで、愚かでもなかろうが、だが、絵に描いた餅は、やはり、その程度のもの、としか思えない。さて、どんなことが、起きるのだろうか。既に、隣の大国では、作りすぎた自動車が、打ち捨てられる光景が、盛んに伝えられる。これだけでも、大問題だろうが、さて、電力不足に襲われたら、どうなることか。

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12月26日(木)−自縄自縛

 誰が愚かなのか。盛んに流れる情報からは、技術革新に、乗り遅れた企業が、それに当たると思う人が、多いのではないか。だが、現実は、全く異なっている。これまでも、これからも、必要な技術を、開発するのは、企業自体であり、政策にあたる人々が、出す思いつきではない。
 電動車や自動運転について、一部の企業の優位が、続いていると言われるが、多分、的外れなのだと思う。半世紀近く前、海の向こうで、州政府が下した決定には、対象となった企業のみならず、多くの人々が、驚きの反応を示した。電動車を開発せねば、現行の駆動方式の販売を、差し止めるというものだった。影も形もない時期に、何を惚けたことを、と思った人が、多かった筈だ。だが、政治家や役人は、大真面目で、その必要性を説いた。ただ、技術開発に必要な知識が、無いままだったのには、驚くしかなかった。しかし、四半世紀程経過すると、市中には、従来の駆動方式だが、走行中に発電し、充電することで、燃費の向上を図る方式が、多く見られ始めた。これこそが、技術革新である。それも、現実化する為に、不可欠な技術を、開発するだけでなく、それを、妥当な価格内に収めたことが、最も高く評価できる。では、今回の、電動車はどうか。現実となったことは、別に驚くべきことではない。ただ単に、部品を組み合わせただけで、他国の企業に、先んじられたのは、原料供給の問題と、莫大な補助金の故だった。他国の企業を、排除する動きは、原料供給を制限し、更に、廉売の為に、補助金を出したことだ。結果として、海の向こうから、やってきた企業を除き、他社は、ほぼ全てが撤退の憂き目を見、競走の決着は、ついたとされる。だが、本番はこれからだ。社会整備を含め、多くが、整えられたけれど、前の冬には、厳しい寒波で、電池の性能が、保てなかった。確かに、従来の燃料も、氷点下40℃まで、気温が下がれば、氷結により故障する。防ぐ手立てとして、水と混ざるアルコールを、混入させるのだが、それだけで、多くは解決する。しかし、化学反応次第の、充放電方式では、気温の問題は、深刻となる。その上、電力供給が、保たれるかも、怪しいものだ。これらのことから、愚かだろう、と思う次第だ。

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12月25日(水)−盛衰

 海の向こうの、鉄鋼業界は、錆びついたままとなり、嘗ての栄光は、見る影もない、と言われる。確かに、粗鋼の業界では、世界地図が、大きく書き換えられ、その後の繁栄と衰退も、著しいものとなった。ただ、特殊な鉄鋼の世界は、全く別の様相らしく、それが今回の買収へと。
 一方、自動車業界は、どうだろうか。こちらも、海の向こうは、衰退の一途を辿り、嘗ての巨大企業は、見る影もない。輸入を制限した結果、現地生産へと、切り替えた外国企業が、繁栄を続けたのとは、大きく違っている。これは、単に、人件費の問題でなく、技術力の問題と、伝えている。一旦、成長を止めた産業は、簡単には、栄光を取り戻すことができず、外国企業との連携が、唯一の打開策となった。しかし、その後の業界は、全く別の風が、吹き始めたと言われる。工業国として、この産業を支えた、二つの国の企業は、依然として、業界の先頭を走るが、その勢いに、翳りが見え始めた、と言われる。一つ目の理由は、環境対策への対応で、主要な燃料でなく、特に大型車を主流とする、駆動方式において、厳しい規制が課せられ、その対応が、間に合わなくなると、企業を挙げて、不正に走ることとなった。本来なら、凋落へと繋がる筈だが、そうはならず、依然として、先頭群に属したままだが、そこに、二つ目の衝撃が、襲ってきた。こちらは、直接的な環境対策ではなく、地球規模の長期の対策として、駆動方式の交換が、起きた訳だが、一気に、新興企業の台頭が起こり、多くの企業に、激震が走った。というのが、今の説明だが、どうも怪しい。確かに、最大市場は、専ら電動車が、主体となり、それに伴い、一部の企業が、撤退へと舵を切り始めた。だが、この流れ、どうにも理解に苦しむ。従来の燃料方式を、維持する形で、燃費の向上を、狙った方式は、現時点で、最適と思われるにも関わらず、一つ覚えの如く、完全転換を目指すのは、破滅への道、としか思えない。世界規模の対策は、確かに、重要とも思えるけれど、その中身の脆弱さに、気付かぬふりを続けるのは、愚かでしかない。誰が得するのか。

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12月24日(火)−産業革命

 半世紀以上昔の、子供の頃には、社会には、3つの産業がある、と習った。農水産物を、対象として、自然の恵みを扱う、一つ目から、何かしらの原料から、人の手を介して、製品を作り上げる、二つ目、そして、それらを、人と人の間で、取引する為の、商いを指す、三つ目だった。
 調べる気は無いが、今は、6つとか7つあると言われる。解せないのは、産業そのものは、そんなに何種も無く、どうして、増えてしまったのか、という点だ。鎖国の時代に、この国では、士農工商の身分がある、と言われたが、これもまた、政に携わる、侍を除けば、まさに、産業形態を、表したものだ。多様化が、叫ばれる時代に、突入したから、と見る向きもあろうが、この区分の増加は、それ以前に、始まったものと言われる。きっかけの一つは、海の向こうの、製造業の衰退ではないか。40年程前に、敵視されたのは、こちらからの自動車の輸出で、安価で質の良いものが、入り込むことで、それまで、産業の花形と言われた業界が、凋落の一途を辿った。それと同時期に、翳りを見せたのは、その産業を支える、材料供給の業界で、今、こちらから、買収の話が持ち込まれ、大統領選挙の争点として、盛んに取り上げられたものだ。これらの製造業は、特に、何かしらの変革が、求められたのではなく、単純に、価格と質の問題として、国内産業が、成り立たなくなったことが、要因と言われる。高騰する人件費は、組合の活動もあり、抑えることが、不可能となった結果、特に、ビッグスリーと呼ばれたものは、総じて、低迷への道を進んだ。製造業では、人件費が、重要な要素となり、その為か、ほぼ全てのものが、海外生産へと移行し、国内産業は、専ら商品取引へと、転換せざるを得なかった。単純に、取引だけでは、産業としての将来が、見えなかったからか、多様化が進められ、種類が増やされたのではないか。で、現在に至る訳だが、それだけで、済む話でもないらしい。どうなるのか。

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12月23日(月)−何が起きる

 月初めに、「政情不安」と書いて以来、三週間程で、状況は、より深刻となっている。国の体制そのものが、激変した地域もあるが、そうでなくとも、従来の政党政治が、立ち行かなくなり、刷新を求める声が、民衆から起きている。確かに、様々な変化が起き、日々の生活も脅かさせる。
 何かしらの変化が、起きなければ、悪化の一途を辿り、生活不安は、治安の悪化へと、繋がりかねない、との懸念が膨らむのも、当然なのかも知れないが、長く続いた平和から、悪くなるとは、一体全体どんなことか、判断がつかない、という人も多い。平穏な日々が、続くのが当たり前であり、詐欺に遭ったり、強盗に襲われたり、必死になって、追い求めてきた、安全・安心が、脅かさせている、とする訳だが、では、何がどう起きるのか、想像がつかないのではないか。報道も、例の感染症騒動以来、不安を煽ることに、躍起となっており、解決への道筋を、見出そうとしていない。問題を指摘し、その解決への糸口を、示すことこそが、政治の役割だった筈だが、危機回避ばかりが、目的として示され、解決を図ることなく、ただ単に、問題を指摘し続ける。こうなれば、打開策が講じられず、人民は、不安を募らせるのみとなる。彼らにできることは、現状打破しかなく、当然、既成政党による政治を、否定することが、唯一の手段となる。多くの民主主義の国々で、極端な選挙結果が、次々に発表されたのは、当然の帰結であり、それしか、選択肢が残っていない。だが、それが起きたら、次に、何が起きるのか。そんなことを、見通せる人は、殆ど居ない。だとしたら、このまま、戦争の時代に、突入するのだろうか。まだ、わからない。だが、このままでいい、と言う人は居ないだろう。となれば、何をどうしたらいいのか。一旦は、極端な反応の連鎖が、起きるのは、致し方ない所だ。だが、そこから、どう動くのかは、次の選択を、任された人々の責任となる。政権交代とは、その一つだが、さて、次はどうなる。

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