パンチの独り言

(2025年4月7日〜4月13日)
(不安到来、暗い未来、小難しい、不確かな、切り捨て、相場操縦、塩漬け)



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4月13日(日)−塩漬け

 投資家も、各国の企業関係者、政府関係者も、いい加減にしろ、と思っているだろう。攻めの姿勢を、貫こうとするのも、本人の餓鬼大将気性から、致し方ないのかもだが、それにしても、不確実性に始まり、猫の目の如く、コロコロ変わる、関税制度について、呆れるばかりだ。
 前の任期と違い、服従を決めた、側近達は、総じて、異論を唱えず、所謂フォローに、走っているように思える。だが、本人の言い訳じみた発言だけでなく、専門家とされる、側近までもが、深謀遠慮による、確固たる目論見のように、説明し始めると、これが、いつまで続くのか、とさえ思えてくる。逆に見れば、真面目に受け取ることは、無駄でしかなく、相手をする価値さえ、見出せなくなる。だったら、無視するしか、なくなるのではないか。特に、輸出入などの貿易では、手続きにも、輸送にも、かなりの日数を要する。なのに、あの暴君は、毎日のように、言うことを変え、方針を、次々に変えてくる。手元にある品が、あちらに届く頃、どうなっているかを、知る術はなく、これこそが、不確実性の現れ、と見ることもできるが、そんな戯言を並べずとも、単純に、こちらがすべきことを、粛々と進め、その結果として、どんなことが起きるのか、その時に、確かめるしか、術は残っていないのだ。となれば、一喜一憂どころか、不安や心配を、募らせることなど、下らないことに過ぎず、方針転換の度に、乱高下を繰り返させるのも、馬鹿げたこととなる。当然、相場操縦を、目論んだ上での、迷走の可能性は、確かにあるだろうが、それとて、あの輩を、今の地位から引き摺り下ろし、格子の向こうに、送り込むことには、結び付けられそうにない。となれば、放置するしかなく、聞く耳も、相手をすることも、持たずに済ますことが、最良となりそうに思う。相場に関わる人間としては、長い目で見るしかなく、保有株の売買を繰り返し、日銭を稼ぐことが、難かしいとなれば、塩漬けにするしか、手は残っていない。暫く、相手にせずに、置いておくしかない。

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4月12日(土)−相場操縦

 海の向こうに、端を発した、世界的な、市場の混乱は、簡単には、収まりそうにない。独善的な政策が、猫の目の如く、一夜にして、正反対になるなど、車の方向転換に模して、表現されているようだが、それが、何度も繰り返され、定まらないことに、不安が高まることが、主要因だ。
 第二期の任期も、始まってから、まだ三ヶ月にも満たないが、前回以上に、混乱を引き起こす、妄言の数々は、枚挙に遑がない。それらを、一々説明しても、翌日には、前言撤回となり、振り回されることに、疲れを覚える人も多い。耳を塞ぎ、目を瞑ることが、唯一の対処法で、嵐が過ぎ去るのを、待つしかない、とも言われる。だが、日々の営みを、続けねばならぬ人や、企業にとり、放置することは、容易ではない。だからこそ、目を向け、耳を傾けるのだが、届く知らせの殆どは、近所の老人の戯言同様に、価値が無いばかりか、相手をすれば、大火傷となりかねない。その中、そろそろ、足枷を嵌めては、と思う人が出てきたようで、そんな話題が、飛び交い始めた。前にも取り上げたが、彼は、自分の主張を、通す為なら、他人を巻き込むことも、当然と思うようで、新たな政策が、景気を冷やすかも、との懸念に対して、金利を決定する機関の、長に対して、利下げを要求するのも、当然と考える。独立性を、維持することが、三権分立をはじめとする、近代制度に重要との考えも、あの経営者上がりには、通じないらしい。公表と、囀りなどの社会媒体での発言を、使い分けるのも、混乱の要因と言われるが、遂に、犯罪行為の一種と、指摘されたようだ。相場操縦と呼ばれる、違法行為を、行ったとの指摘が、議員からなされた、との報道が、なされたのだ。混乱の要因として、盛んに指摘される、関税の一時停止について、その前に、社会媒体で、買いを推奨する、"GREAT TIME TO BUY"との書き込みを、行ったことが、操縦と見做される、との指摘だ。元々は、株式市場での、違法行為として、盛んに摘発されるのは、内部情報を手に入れた人間が、売買を繰り返す、インサイダー取引だが、逆に、ガセネタを含め、何かしらの情報を発することで、売りや買いを、推奨することで、自らの利益を、手に入れる方法もある。そちらに類するもので、企業経営者や、政府の要人は、その発言責任を、問われることが多々ある。所詮、この程度の指摘は、あの嘘吐きにとっては、いつものように、取り繕うに決まっているが。

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4月11日(金)−切り捨て

 このサイトは、「証券社員云々」と銘打ってあるが、今の管理者である、パンチは、その経験が無い。紹介を読めば、最初に開設した人物が、嘗て証券社員であり、退職後に、応援したい、という思いから始めた、ということがわかる。ただ、今は、そうではないし、社員達の出入りも途絶えた。
 開設当時は、Yahooの項目にも掲載され、パンチもおそらく、そこから入り込んだ。今では、そんなものは無く、改めて、検索してみたら、まだ、一番上に、但し普段から接続しているからだが、表示されていた。さて、こんな話から始めたのは、証券業界の人間にとり、この所の騒ぎは、どう映るのか、と思ったからだ。乱高下を歓迎するのは、巧く立ち回れる、デイトレーダーだけだろうが、空売りも、大火傷の危険があるし、売買そのものが、不安定過ぎて、手が出し難い。原因は、全く、海の向こうの暴君の、猫の目発言であり、交渉と称する、身勝手な言動にある。ここ数日だけでも、その迷走ぶりは、呆れるばかりで、身内でさえ、お手上げなのでは、とさえ、思えてくる。それも、前の任期と違い、まずは服従し、同意することを、最低限の条件として、参加した筈の連中が、突っ走る親玉に、手の施しようが無い、と諦めている、とさえ思える。例えば、報道官は、大統領の発言を、代弁することで、報道陣に、ひいては国民に、そして世界に、真意を伝えようとする。だからこそ、自分の意見では無く、大統領の考えを、紹介している、と受け取る側は信じる。だが、今回の展開は、彼女自身も、予期せぬものだった、のではないか。8日の夕刻に、彼女が発表した内容は、関税に、遅れも先延ばしもない、と断言するものだった。ところが、発動された、その日の昼過ぎには、彼自身が、一時停止を、宣言したのだ。ただ、隣の大国だけは、例外とされ、更なる重税を、課すこととなった。彼の頭の中では、この展開こそが、一流の経営者として、培ってきた交渉術の、表れとなるのだろう。だが、穿った見方からは、恐慌に陥った、市場の反応から、多くの富める支持者から、反対論が、押し寄せたから、と推測される。結果として、聞いたことが無い程の、高い関税を課す、となった(この記事は未契約者には表示されないかも)のだが、その真意は何処にあるのか。また、一方で、皆の前で、代弁とはいえ、言い切った報道官の、親玉からの裏切りに似た行為に、どんな反応があるのか。と考えてしまう。

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4月10日(木)−不確かな

 傾向と対策の弊害について、何度も書いてきた。一つひとつ、紹介しようとは思わないが、どちらかと言えば、楽に生きようとする動きや、賢さを前面に出す動きに、猛反対をしている。何故、そんな方に向くのか、社会全体が抱える問題、と言うべきだろう。では、どう対処すれば。
 この傾向は、何も、この国に限ったことではなく、おそらく、世界中に広がる、最も大きな弊害なのだと思う。確かに、平和な時代が、長く続いたことで、安定した関係が、あらゆることに、広がってきた。ところが、今まさに起きている、海の向こうの暴君の、したい放題による、不確実性について、多くの人々が、右往左往して、戸惑うばかりとなり、典型は、株式市場の乱高下に、現れている。そこには、傾向も無いから、対策の講じようが無い、となる。では、どうすればいいのか。単純には、傾向に拘ることは捨て、まずは、真意を探ったり、その後の手筋を、読み取ることが、必要となる。そこには、傾向に則った、考え方ではなく、特異な例としても、今この時に、何を起こそうとしているのか、手筋を読む必要がある。将棋や囲碁で言われる、定石・定跡は、一切関係なく、不確実な中での、確かさを見極める必要がある。では、そういう事態に、備える為に、傾向と対策ではなく、何が必要となるのか。まずは、興味本位で構わぬから、幅広く知ろうとする、そんな心掛けが必要となる。こういう傾向があるから、これだけすればいい、とされてきたものに、傾向は、一切無視して、目につくものから、何かを選び出し、それに取り組むということだ。興味で動くこともあれば、必要だから、という理由も出てくる。だが、そこで、気をつけるのは、幅広くする、という心掛けで、それは、負担を増すだろうし、面倒にもなる。でも、将来的には、視野を広げたことが、不測の事態への対応や、不確実性に対しても、何かしらの動きを、進めることへと繋がる。こんな考えから、傾向と対策を、誤ったものと断じ、そんな瑣事に、惑わされることなく、自らの選択を進めればいい、とするのだ。

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4月9日(水)−小難しい

 教育の重要性は、様々に取り上げられてきた。だが、尽きること無い要求は、現場を混乱に陥れ、逆効果となる場合が、多々ある。先月も、独り言で取り上げたが、無い物ねだり、としか思えぬ要求に、次々に、課題を突き付けられる、現場は、大混乱に陥っているようだ。
 さて、ひと月程経過し、同じ評論家が、しれっと、全く別のことを書いていた。曰く、「探究では、生徒に『それで、なんなの?』『何が理解できたか』と問う姿勢が教員には必要であることを確認した。」とある。先月取り上げた記事には、「もっと深められることも視点を変えて取り組めることも示唆できるだろうに。」と書くだけで、何を、どう働きかけるか、という視点に欠けた、ある意味、暴論の如き助言を、突き付けていたのだ。確かに、評論家本人にとっては、同じ話と、繕うだろうが、現場の混乱の多くが、深めるとか、視点を変えるとか、そんな小難しい要求から、始まっていることに、気付かぬ人が、多過ぎるのだ。そこに、どんな注意が必要か、という点について、的確な指摘を、することこそが、現場の混乱と過負荷を、取り除く為に、必須となることに、全体として気付く必要がある。そこには、小難しいことは、一切必要なく、特に、「総合的な学習の時間」から、「総合的な探究の時間」へと、変更する必要性が、何処にあるのかを、考える必要がある。自主性や、積極性が、望まれているのだとしたら、それは、それらを促す動きが、必要とされるだけで、何かを、教え込むことが、求められている訳ではない、ということに、気付ける筈なのだ。なのに、大仰なことを、突き付けるとは、何と馬鹿げたことか、としか思えない。ある人が、現場に紹介したのは、サッカーで見る、イエローカードとレッドカードを、使おうとするもので、そこには、「なぜ?」とか、「どうなるの?」とか、あるいは、「それ本当?」とか、「他には?」とか、そんな言葉が、並んでいる。前者二つは、イエローに、後者は、レッドに、書かれており、その意味は、イエローは、警告であり、その場で答えるべきもの、レッドは、退場であり、改めて調べる必要があるもの、という訳だ。誰もが知る競技と、結び付けることで、ある意味、遊び半分でいいから、楽しみながら、質疑応答を促し、議論を活発にさせる、という訳だ。この程度のことから、始めることが、混乱の原因となる、誤解を解き、積極性を、高めることになる。どうだろうか。

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4月8日(火)−暗い未来

 こんな調子では、何でもかんでも、上手くいかなければ、全て他人のせい、あるいは、時代のせい、ということで、済ませてしまうのでは、と思えてくる。上手くいけば、自分の手柄、となるのは、勿論のことだが、逆になれば、それはもう、誰か別の人間の責任、となる。
 この所の騒動も、その一つだと思う。誰かが、海の向こうで、馬鹿げたことを、勝手に決めたから、と考えるのは、無理もないことだろう。確かに、あの妄言ぶりや、なんとかの目のように、次々に繰り出される、新提案については、論理性も、一貫性も、一欠片もなく、ただの思い付きや、妄想としか、思えないようなものばかり、つい、彼奴が悪い、と言いたくなる。でも、その人物を、尊敬するばかりで、いまだに、明るい未来が、やってくる、と信じる人も、一杯居るらしい。この辺りは、殆ど理解不能だが、信じる者は、とばかりに、一種の信仰のような、様相を呈している。努力をしたくない、でも、楽しく暮らしたい、と願うばかりの人にとり、彼の言葉は、神の啓示のように、映るのかも知れない。でも、何もしないで、というのは、流石に、無理だろう。一方で、こちらでも、同じような感覚が、社会に蔓延しており、先日も、ある番組を眺めていたら、若者が、如何に恵まれないかを、伝えようとする意図で、満載の話が、作り上げられていた。流石に、そのままでは、成功物語に、なる筈もないし、制作側も、その思いで、取材を続けてきたのだろうが、それにしても、こんな話を、番組として流して、どんな意味があるのか、とさえ思えてくる。あの騒動以来、広告依頼が、途絶えてしまったから、視聴率も何も、無関係となったからかも、だが、それにしても、希望を抱いて、上京した若者が、一流店で、技術を学ぶどころか、何も覚えられず、意欲も減退し続ける、そんな様子を、延々と流した挙句に、さて、未来は、という話で終わるとは、信じ難いことにしか、思えてこない。店の主も、意欲のある若者しか、相手にしてこなかったからか、何の助言も与えず、取材の為か、厳しい言葉掛けもない。今の時代、と言ってしまえば、まさに、その通りかもだが、どうなることか。全てが、責任転嫁、となるのでは、とさえ思えてくる。

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4月7日(月)−不安到来

 もう書いても仕方ない。株の暴落は、世界を駆け巡り、週末を挟んで、まず、この国の市場に、戻ってきた。予想通り、想定通り、かもしれないが、市場が開いた途端に、一気の下げで始まった。普段なら、こんなことを、書くことはない。何故なら、1日が終わらねば、何もわからないからだ。
 今朝の経済番組でも、証券社員が、語っていた。こういう時には、長い目でみて、資産運用を、とのことだが、既に、狼狽売りも含め、市場は、大混乱に陥っている。書くことはない、と書いたのは、数日、いや、数時間したら、全く異なる展開が、始まる場合もあり、だからこそ、証券関係者は、長期目線で、と盛んに強調する。でも、ここ数日で、多くの投資家達は、一部の空売りを常とする、そういう連中を除けば、何割もの損失を抱え、もう塩漬けにするしか、と思い始めている。今のままなら、暫くは、この状況が続くだろう。先日も書いたが、不確実が、確実となった時、勢いがついたものに、止める手立ては、殆ど無いに等しい。何が手立てとなるか。あの暴君が、何度も強調するように、交渉だけが、変化を起こせる、と信じる向きも多い。だが、何をどう、交渉するのか。身勝手な考えに、取り憑かれた人物には、本人に、都合の良い条件しか、交渉とはならず、にべもなく、断られるだけだ。世間的には、こんなものは、交渉とは言わない。無理難題を、押し付けただけだし、服従させるだけ、なのだ。だとしたら、どうすればいいのか。簡単には、一投資家として、できることは、殆ど無い。既に、資金を引き上げておれば、安値買いを心掛ければ、儲けられそうだ。でも、何時買えば、という問題は、残ったままだ。一方、空売りにしても、今後の動きで、一転してしまえば、追証なる借金に、追い込まれるかも知れない。まあ、そんなこんなで、上に書いたように、長期を決め込み、様子見を続けるのが、一番かも知れない。損失は、資産運用では、覚悟のものであり、自己責任が、強調されるのも、こんなことが、偶に起きるからだ。こちらも、そんな状況なのだが。

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